第1章4話 地の聖女
「さて、どうするか」
俺の目の前には巨大な扉がある。この中に入れば何が起こるか分からない。だが行かないわけにもいかないだろう。俺はゆっくりと扉を開いていった。その瞬間、強烈な熱気と腐敗臭が漂ってくるのを感じた。あまりの臭いに思わず吐きそうになるのを堪えつつ中に入ると、そこには異様な光景が広がっていた。
洞窟の中とは思えないほど広い空間が広がっており、天井も高い。そして何より目を引いたのが中央にある巨大な火柱だった。あれは魔法なのだろうか? それとも魔獣の仕業だろうか? どちらにしても迂闊に近づくことはできなさそうだ。まずは状況を把握しなければならないと思い、俺は周囲を見渡した。すると奥の方に人影のようなものを見つけたのだ。警戒しつつ近づくと、それは美しい黒髪の女性だった。
「大丈夫か?」
声をかけるが返事はない。よく見ると全身傷だらけで息も荒いようだ。おそらくこの洞窟を住処にしていた魔獣に襲われてしまったのだろう。とりあえず治療しよう。
俺がそう考えるころにはルーナが杖に魔力を集中させる。
「澄み渡る水よ、癒しの泉となりて我が仲間を包め。
呪文を唱えると杖の先から青く光る聖水が溢れ出す。その聖水は傷付いた身体を包み込み、癒やしていく。しばらくすると彼女は目を覚ましたようだ。
「ううっ……ここは一体」
身体を起こし周囲を確認する彼女を見てほっと胸を撫で下ろす。どうやら命に別状はないらしい。俺が安堵していると不意に声をかけられた。年齢は二十歳くらいだろうか? 長い黒髪を後ろで一つにまとめていて、顔立ちはとても整っていた。服装はボロボロに破れていているせいで露出度の高くなった黒と赤の衣装を身につけており、破れた胸元は大きく開いているため谷間が見えてしまっているし、破れたスカート丈もかなり短くなっており、太ももがほとんど露わになっている状態だった。そして何よりも目を引いたのは彼女の瞳だった。まるで宝石のように美しく透き通っていて吸い込まれそうな感覚に陥るほどだった。そんなことを考えている間に彼女が口を開いた。
「助けていただいてありがとうございます」
礼儀正しく頭を下げる彼女に見惚れていた俺は我に返ると慌てて返事をするのだった。
「いや、当然のことをしたまでだ。それより怪我の方は大丈夫か?」
そう尋ねると彼女は笑顔を浮かべながら答えた。その笑顔はとても可愛らしく思わずドキッとしてしまうほどだ。すると突然ルーナが抱きついてきたかと思うとそのまま俺の腕に絡みついてきたではないか。突然のことに驚いていると彼女は上目遣いでこちらを見つめてきた。不機嫌そうな表情をする彼女に戸惑いながらも、倒れていた少女の返事を待つ。
「私の名前はベラトリックスと申します」
自己紹介をした彼女だったが、その名前を聞いた瞬間俺は驚きを隠せなかった。なぜならその名前はこの大陸では有名な名前だったからだ。黒髪にポニーテール、緑の瞳。よく見れば外見の特徴も一致している。
「驚いた、聖女様ご本人か?」
俺が聞くと彼女は小さく微笑んで頷いたのだった。聖女とはその名の通り教会の最高指導者であり、神の声を聞き人々に救済を与える存在であるとされている。
聖女は四人いて地、水、火、風の聖女が存在し、ベラトリックスとは地の聖女のことだ。ルナリスの街の傭兵ギルドにも火の聖女がよく常駐しているがまさかこんな近くに地の聖女までいたなんて。
「地の聖女ベラトリックスか……本物をこの目で見るのは初めてだ」
思わず呟くように言った俺を見て彼女は少し困ったような表情を浮かべた後、申し訳なさそうに口を開いた。
「あの、確かに私は地の聖女ですがあまり畏まらず接していただけると嬉しいです。気軽にベラと呼んでください」
そう言って彼女は微笑みながら手を差し出してきた。俺はその手を取り握手を交わすことにする。するとルーナが負けじと対抗するように俺の手を取ったかと思うと強引に引っ張ってきたためバランスを崩して倒れ込んでしまったのだ。
「うわっ!? ルーナ!?」
咄嵯に受け身を取ろうとする俺だったが上手くいかず地面に激突してしまったのだった。しかし幸いにも下には柔らかい草むらがありクッション代わりになったおかげで怪我はなかったのだが問題はそこではなく……俺はルーナの胸に顔を埋める形になってしまったことだ。柔らかな感触と甘い香りに包まれて思考が停止してしまうほどだ。俺はじっくり匂いを嗅いでいる中、そういえば聖女が目の前にいたことに気付き、もがき始めることにした。
「ちょっ!? ルーナ! 離してくれ!」
必死に抵抗するが離れないため俺は諦めてされるがままになるしかなかったのである。そんな俺たちの様子をベラトリックスは呆然と見つめていたかと思うと突然吹き出してしまったではないか。俺は顔だけ聖女様の方に向ける。
「うふふ、本当に仲良しなんですね」
そう言って笑う彼女の顔はとても美しかったが、同時に恥ずかしさが込み上げてきて思わず顔を逸らしてしまったのだった。だがそれでもルーナは離してくれず結局最後まで抱きつかれたままだったのである。
それからしばらくしてようやく解放された後、改めて自己紹介をすることになった。
「俺の名前はアクイラだ、傭兵をしている」
俺が名乗ると続いてルーナも挨拶をすることになった。
「私はルーナといいます。アクイラさんと
二人きりを強調して挨拶をした彼女に対して聖女は優しく微笑んでいた。その笑みはまるで聖母のようで思わず見惚れてしまいそうになるほどだったが何とか堪えつつ話を続けることにする。
「それで聖女様はなんでここに?」
俺が質問すると、彼女は真剣な表情になり答えた。
「実は最近この辺りで魔獣の動きが活発になっているという噂を聞いて、調査に来たのです」
なるほど、そういうことか。俺の住む森でも魔獣の様子がおかしいし、この洞窟でもゴブリンたちの様子がおかしかった気がする。
「それと、聖女様というのはおやめなさい。貴方たちは恩人であり、ベラと呼ぶことを許しています」
「わかったよ、ベラ」
俺が名前を呼ぶと、嬉しそうに微笑んでくれる彼女を見て、少しドキッとしてしまうほどだったが、平静を装って話を続けた。
「それで、ベラがここにいる理由はわかったけど一人で来たのか?」
そう聞くと、彼女は首を横に振った後、ゆっくりと立ち上がったかと思うと、突然服を脱ぎ始めたではないか! 突然のことに驚き戸惑っているうちに下着姿になってしまったベラは恥ずかしそうに顔を赤らめながらも話を続けた。
「ああ、失礼。私は脱がないとリラックスできないのです。それにどうせこんなボロボロの服を着ていても仕方ありません」
そう言って彼女は両手を広げて見せると、下着が顕になった。上下ともシンプルなデザインであり、白を基調としたものだ。とても聖女とは思えない格好だが、不思議と似合っているような気がした。それにしても美しい肢体をしているなと思い見惚れていると、背後から視線を感じたため振り返ると、ルーナがジト目でこちらを見ていたのだった。
「アクイラさん、鼻の下伸びてますよ」
そんな指摘を受けて慌てて表情を引き締めるが時すでに遅しといった感じで、ベラはクスクス笑っていた。どうやらからかわれたらしいことに気付き、顔が熱くなるのを感じた俺は話題を変えることにした。
「それで? 一人で来たわけじゃないなら、他のやつはどうした?」
俺は下着姿の彼女の方をしっかり見ながら質問する。
「私以外の仲間はもう…………いません」
悲しげな表情で語るベラだった。俺とルーナは驚きはするも声を出さない。
「ちょうどこの部屋の少し奥の方。モンスターたちとの戦いで全滅。一応室内のモンスターも倒しきりましたが、最後に立っていたのは私だけ。私も撤退しようと入り口に向かっていたのですが、気が付いたら意識を失っていました」
そういえばルーナの回復魔法で傷は癒えて綺麗な素肌だが、元々は傷だらけでボロボロの恰好だったんだよな。俺は下着姿で素肌を晒す彼女の肢体をじっくり見ていた。
あと、さすがにそろそろ下着姿のままにしておくのはかわいそうか。俺はマントをとってベラに渡してやった。残念ながらベラはマントを纏い、下着姿は見納めだ。
「それで? これからどうするつもりだ?」
俺の質問にベラは少しだけ考えてから答えた。
「一度帰りますが、またすぐにここへ来るつもりです」
「そうか…………一応聞くが俺は
「私は
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