第1章2話 水を錬成し者

 彼女は俺を見かけると、優しい笑顔で挨拶をしてくれた。その笑顔は、まるで春の陽光のように心地よく、俺の心を温かく包み込んでくれる。彼女の瞳には、清澄なる青空のような明るさが宿っている。彼女の挨拶に応えるため、俺も微笑みながら会釈を返す。その一瞬の間に、彼女との距離が一層近く感じられた。


「おはようございます、アクイラさん」


 彼女が優しく声をかける。


 彼女の声は、まるで小川のせせらぎのように柔らかく、心地よい響きがあった。俺は少し照れながら、彼女に向かって挨拶を返す。


「ああ、おはよう」


 俺は微笑みながら返答する。傭兵でもない彼女がギルドに来るとしたら十中八九依頼だろう。

 彼女の優しい笑顔に包まれると、心の中に穏やかな安らぎが広がっていく。

 俺は彼女のところに歩み寄る。


「どうしてここに? ルーナは傭兵じゃないだろ?」


 俺が尋ねると、彼女は微笑みながら答えた。彼女は初対面の時とは違いよく笑う。


「はい、私はギルドに登録している傭兵ではありません」


 ルーナは答える。そして続けて言った。


「実はギルドでしたいことがあって来ました」


 彼女の声には、些かの緊張が感じられるが、同時に強い意志も感じられた。

 俺は彼女の言葉に少し驚きながらも、彼女の話を聞くことにした。


「ギルドでしたいこと?」


 俺が尋ねると、彼女は真剣な表情で頷く。

 一体どんな内容だろうか? 俺は少し不安になりながらも彼女に尋ねる。すると彼女はゆっくりと話し始めた。


「実は最近、森で魔獣の被害が増えているんです」


 そう言う彼女の言葉を聞く。

 確かに魔獣の出没は増えているが、彼女はまだ無事のようだ。


「ルーナは森に住んでいるが、戦えるのか?」


 俺がそう尋ねると、彼女は答える。


「身を護るくらいでしたら問題ありません」


 ルーナは答える。

 彼女の自信に溢れた言葉からは、その実力の高さが窺えるようだった。


「でも、魔獣はどんどん増えていて……このままだと森に住む他の動物たちにも危険が及びます」


 確かにそうだ。魔獣が増えればそれだけ被害も増える。それに彼女がいくら身を護れても、いつかは限界が来るかもしれない。はっきり言ってあの森に住み続けるのには限界があるだろう。彼女が話すことをためらうため、断定できないが、おそらく彼女は一人暮らし。


「森の外…………君は街では暮らせないのか?」


 俺はそう尋ねる。

 しかし、ルーナは首を横に振る。


「私の居場所はあそこにしかないんです。だから私は森の中で暮らしています」


 彼女の言葉から、深い孤独と覚悟が伝わってきた。


「そうか……」


 俺はそれ以上何も言えず、ただ頷くことしかできなかった。

 彼女は真剣な眼差しを俺に向けて言った。その瞳からは強い意志を感じる。彼女は何かを決心してここにいるのだろう。


「依頼するなら俺が受けよう」

「…………いえ、依頼ではなく傭兵登録をしてもらいにきたのです」

「傭兵登録?」


 俺がそう聞き返すと、彼女は頷いた。


「はい、本当は私もギルドに依頼を出すつもりでしたが、以前アクイラさんとウルシウスと戦った際、私は何もできませんでした。これからもあの森で住み続けるなら……今のままではだめだと思いまして」


 彼女の言葉からは、自分の弱さに対する悔しさと、それでもなお森に住もうという意志が感じられた。俺はそんな彼女の覚悟を受け止めることにした。

 彼女も俺と同じ弱者だ。だからこそ強くなろうとしている。か弱いから戦いを避けるべきと決めつけるのは早すぎたのかもしれない。そして俺たちはギルドの受付に向かった。なんにしても登録するのであれば受付に行く必要がある。


 受付嬢の女性が机の向こうで書類を整理している姿が、俺の視界に飛び込んできた。ライトブルーのシルク素材を使用したややゆったりめのブラウスが、彼女の華奢な体つきを優雅に包み込んでいる。ブラウスのフロントには、小さな刺繍がされている。その模様は、彼女の服装に繊細なアクセントを与え、彼女自身の美しさを引き立てている。彼女の金髪は軽やかに揺れ、明るい瞳はどこか優しい光を放っている。ベージュ色のリネン素材のフレアスカートは、彼女の動きに合わせて優雅に揺れる。そして、彼女の足元にはベージュ色のフラットシューズがあり、そのデザインは歩きやすさを重視しているようだ。彼女の清潔感あふれる装いは、彼女自身の魅力をさらに引き立てている。


 受付で傭兵たちを待っているリズさんを見つけ、声をかけることにした。


「リズさん、ちょっといい?」


 俺が声をかけたところで彼女はこちらに顔を向ける。


 彼女は俺の後ろにいるルーナに気づいたようだ。驚きの表情を浮かべながら俺たちを見る。


「アクイラさんに……彼女は?」


 リズさんは俺を睨みつけながらルーナのことを尋ねるので、俺は簡単に説明した。


「彼女はルーナ。傭兵登録希望」

「えっ!?」


 彼女は驚きの声を上げた。そこまで驚くことだろうか。それとも別の何かを想像していたのか。

 ルーナが少し緊張しながらも笑顔で自己紹介する。


「はじめまして、私はルーナと申します」


 ルーナが言うと、リズさんは真剣な表情で尋ねてきた。


「本当に登録希望ですか?」


 リズさんの問いに対して、俺は頷くことで答えた。

 すると彼女はルーナの方に向き直り質問を続ける。


「あなたは本当に戦う覚悟があるのですか?」


 尋ねる彼女に、ルーナは答える。


「はい! アクイラさんと一緒なら大丈夫です!」


 答える彼女を見て、逆に俺が驚いた。いつから一緒に依頼をする約束をしたのだろうか、と。しかし、リズさんはルーナの決意を汲み取り、手続きを進めることにした。彼女は書類を取り出し、ルーナの名前などを記入させる。そして最後に契約書を差し出す。


「これが傭兵登録契約になります、それからこちらがランクを表す傭兵証です、ルーナさんは見習いですのでアメジストカラーのカードですね傭兵ランクにはアメジスト、サファイア、エメラルド、ルビー、そしてダイヤモンドがあります。例えばアクイラさんでしたらエメラルドとなりますので中級傭兵ということです」


 リズさんが傭兵ランクについて簡易的に説明してくれている。


「ありがとうございます、これからよろしくお願いします」

「はい! こちらこそよろしくお願いいたします」


 ルーナが挨拶をし、リズさんも答える。


 それから俺たちは適当な依頼を受けてギルドを後にしたのだった。最初の依頼は簡単なもので森の奥地にある薬草採取からだ。

 薬草採取といっても群生地の場所を考えると危険なことに変わりない。だからまずは俺とルーナのコンビネーションの確認が必要だ。俺たちは森の入り口までやってきた。ルーナは緊張しているようだが、俺はできるだけ優しく声をかける。「大丈夫か?」と問いかけると彼女は頷く。

 森の中に足を踏み入れると、確かに魔獣の気配を感じた。


「ルーナ、お前の実力を確かめたい。戦えるか?」


 俺が尋ねると、彼女は真剣な表情で答えた。


「やってみる」


 彼女はそう言って杖を構えて魔法を唱える。


「流れよ、清らかな水の泉よ。我が杖に力を与え、水珠を創り出さん。水珠創造スプリアクレクト


 彼女の杖の先端に水が集まっていく。大きさで言えば大人一人を閉じ込められるサイズだ。そしてそのまま杖を振りかぶり、水球の部分をハンマーのようにしてモンスターにたたきつける。「ギャオー」という悲鳴を上げながら、巨大な猪型の魔獣は倒れ込んだ。それをチャンスとばかりにルーナが追撃する。


「流れの力よ、我が杖に宿れ。水の刃を鋭くし、槍としての姿を与えん。水刃槍化スプリカーグスペアフォルマ


 そして槍になった杖で魔獣を突き刺した。

 何と言うか、思ったより武闘派だ。「すごいな」と俺が言うと、彼女は嬉しそうに笑った。

 それから俺たちは森の中を進みながら薬草の採取を続けた。ルーナは魔法を使ってモンスターを倒すことに慣れてきたようで、徐々に動きも良くなっていった。


 ルーナの基本戦闘スタイルは杖に様々な形の水を武装して武器の形を変える近接寄りのスタイルだった。正直、もう少し後衛を想像していたので驚いている。そして最後の一つを採取し終えると、俺たちは街へと戻っていった。

 リズさんがギルドへの報告を終えると、彼女はすぐに俺とルーナに対して報酬を渡した。俺はそれを受け取ってルーナに渡す。「ありがとうございます!」という彼女の元気な声に少し嬉しくなる。そして俺たちそれぞれの住処に帰るため、森に向かって歩いていくのだった。

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