複雑系?
結局、先ほどの試合自体は僕が勝利した。先輩としての威厳をしっかりと見せつける形となった。
それから、他の新入生も見学に訪れたので、僕らは解答席から離れ、新入生たちのクイズを眺めることにした。
月城さんの思考力は勿論、知識も文化祭の頃より蓄えているのだなというのが感じられた。また、星宮さんはシンプルに博識みたいであり、こちらも別の意味で頭角を現していた。
結局、二人は最後まで部室に残り続け、クイズに興じていた。二人とも楽しんでいただけたようなら良かったことである。
「よーっし。じゃあ、そろそろ帰るかー」
ボタンの片付けが終了してから、坂島が口を開く。僕と千佳は家が近いし、坂島も途中までは同じ方向なので、一緒に帰ることが多いのだ。
「悪い二人とも、先に国語科準備室に寄ってくから、先に帰っててくれ」
「あー……、入部届出しに行くのか。了解」
「真がそう言うなら、仕方ない……」
すると、坂島はからっと、千佳は不本意そうに返答するのであった。
「すみません、付き合わせてしまって……」
「いやいや、まだ学校にも慣れてないだろうし、一応先輩としての定めみたいなもんだから」
僕と月城さんは、並んで国語科準備室に向かっている。というのも、顧問に入部届を出しに行かなくてはならないからだ。形式だけの顧問であってクイズに関する素養はないが、何かあったときの責任を取ってくれる存在がいるというのは非常にありがたい。
「それにしても、月城さんが入って来てくれて嬉しいな……」
あの日から、僕は彼女のことを待ち焦がれていた。
しかし、彼女が今もこの世界に飛び込む意思があるとも限らなかったし、そもそもこの高校に合格できるかどうかも分からなかった。だからこそ、こうしてまた彼女と話せることが嬉しいのである。
「穂香、ですよ」
対して、月城さんは何やらぽつりとつぶやくのであった。
「えっと、何が?」
「わたしの下の名前です」
「それは覚えてるけど……」
そりゃそうだ。あの日以来、彼女の名前を忘れたことはないのだ。
でも、なんでこの期に及んで……。
「じゃあ、わたしのことも下の名前で呼んでください」
不意に、月城さんとの物理的な距離がまた数十センチほど縮められた。上目遣いする紅い右瞳に当てられそうになる。
「でも、そんな急にというのは……」
「日浦先輩だって下の名前で呼んでるじゃないですか」
「そりゃ、千佳は幼馴染だし……」
「わたしは嫌です。日浦先輩に負けるのは」
と、また距離が詰められ、僕は気が付けば廊下の壁際に追いやられていた。こんな小柄な後輩にここまで詰められるとは、僕も弱ったものだ……。
「じゃあ分かったよ、穂香さん」
「穂香、です」
「穂香。……それでいいか?」
「はい」
すると、月城さん……穂香は、幼い笑顔を浮かべるのであった。
「ところで先輩」
ふと、穂香が可愛らしく首を傾げる。
「日浦先輩とはどういう関係なんですか?」
「千佳か? 千佳なら小学生の頃からの幼馴染で……」
「それは知ってます」
そういえば『クイズハイスクール選手権』の紹介PVでそういう話もしていたっけか。
なんて懐かしくも思っていると、意を決したかのように穂香が口を開くのだった。
「だから、先輩たちはお付き合いしてるのですか?」
「してないよ」
僕は溜息交じりに答える。何故だか、その手の質問を受けることが多く、いい加減辟易しているのだ。
「安心しました……」
すると、穂香は何故だか安堵の溜息を吐くのであった。
「安心って……?」
「だって、憧れの先輩に彼女がいるとか、嫌じゃないですか」
「そういうものなのか……?」
「そういうものです!」
憧れの先輩が恋愛に現を抜かして、クイズをおろそかにするのを危惧しているのだろうか。僕に限って、そんなことはないのに……。
僕は首を傾げるのであった。
顧問に穂香の入部届を提出してから、僕らは正門へと歩みを進めている。
「先輩って、優しいですよね」
「そうか?」
僕が優しいのかどうかは知らないが、少なくとも彼女の目の前で努めて優しく振舞おうとしたことはないはずだ。ただ、いつも通り自然に振舞っているだけなのだ。
「だってこうしてついて来てくださりますし、それに今だって歩幅を合わせてくださってるじゃないですか」
「それはまあ、当たり前じゃないか?」
「やっぱり、日浦先輩で慣れているからですか?」
「そうかもな……」
ああ見えて千佳は何かと気難しいところがあるし、そういう点では慣れているのかもしれない。それに、千佳も小柄なので、歩幅を合わせるというのも癖みたいになっているのだろう。
「少し、日浦先輩が羨ましいです……」
隣で穂香が、ぼんやりと宙に視線を浮かべていた。
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