運命の出会い side穂香
わたしはその日、県立西高等学校の文化祭に訪れていた。
というのも、彼を一目見たかったからである。
先日、テレビ番組『クイズハイスクール選手権』を見て、わたしは彼の姿に心惹かれたのだ。問題文に耳を傾ける彼のまなざし、一問一問の解答を真摯に引き寄せる彼の顔つき、答えを口にする彼の力のこもった声色、勝利を喜び敗北を愁う彼の表情……。そのすべてが、わたしの琴線を刺激した。
一目惚れのようなものであった。
だから、わたしは高鳴る心臓を抑えながらこの文化祭に訪れたのだ。
クイズ研究会のブースに訪れてみれば、彼はそこにいた。本物だった。テレビで見た以上の感動を覚えた。
それから、折角なのでクイズの体験もさせてもらった。
QQQ
終わってみれば、やっぱり駄目であった。もともと勉強もあまり得意ではないのだ。彼みたいなクイズが出来たらなと淡い期待も抱いていたが、現実はそう上手くいかなかった。
唯一、最後の問題だけは、わたしの中では綺麗なクイズができた気がした。でも、空気は困惑したものであった。わたしの押しが無謀で軽率なものだと認識されたのかもしれないと、不安を覚えた。
確かに、競技クイズの経験など皆無であり、わたしの押しがクイズをやっている人たちからどう思われるのかについては全く分からなかったのだ。
なんて一人反省会をしながら、その場を立ち去ろうとした。
その時だった。
「すみません。少しいいですか?」
わたしを呼ぶ声がしたのだ。録画したテレビの映像で何度も聞き返した、あの声であった。
突如、わたしの心臓が不規則に動くのが感じられた。体温が上がる感触もした。
「……わたしですか?」
およそ現実とは思えなかった。わたしが、彼に話しかけられるなど、夢にも見ていなかったのだ。
「はい、あなたです」
しかし、彼は確かにわたしだと言ったのだ。
「えっと……。どうされましたか?」
バクバクと鳴る心臓を抑えながら、変に思われないようになんとか受け答えをする。
すると、彼は紳士的な表情を浮かべて尋ねるのだ。
「クイズの経験はおありですか?」
「いえ……」
「クイズゲームとか、或いは動画を見たりとかは……」
「特には、ないです」
録画した映像を何度も見返したというのは、流石に恥ずかしくて言えなかった。
彼は「そうですか……」と物思いにふけるような顔を見せ、また口を開くのであった。
「じゃあ、最後の問題は、どうやって正解に辿り着きましたか?」
彼の優しそうな表情とは裏腹に、わたしの心臓はきゅっと締め付けられていた。わたしの蛮勇とも見られかねない押しが、これから憧れの人に評価されるのだ。それが、いい評価なのか、よくない評価なのか、それが気がかりなのだ。
わたしなんかの考えを彼に長々と話してしまうのも烏滸がましいという発想もよぎったのだが、尊敬する人の質問に対して正直に答えないのはもっと失礼だとも思ったので、落ち着いて正直に答えることにした。
「まず、『マルチエンディング』と聞こえてきたので、ゲームに関する問題かなと思いました。今までの問題も、クイズ未経験の人たちが正解を出していたので、この問題も多分難しい問題ではない、ならば聞かれることも限られてくるのかなと思い、考えればわかるだろうということで押しました。ゲームとか、アニメとかについては人よりも詳しい自信はあるので、答えは知ってるだろうと。マルチエンディングゲーム一般に関するワードと言われて、トゥルーエンドやバッドエンドなどのエンディング系の言葉、分岐、フラグなどが考えられましたが、分岐が答えになる場合「分かれることを何というでしょう?」みたいな、あまりにもストレートな聞き方になってしまうので、クイズとしては出しにくいかなといった感じですし、フラグが答えになるならわざわざ「マルチエンディングのゲーム」に話題を限定する必要もないかなと思ったんです。だから、エンディング系、トゥルーエンド、ノーマルエンド、バッドエンドみたいな言葉が答えになるのかなと思ったのですが、この中でわざわざクイズに出すなら、トゥルーエンドかなと……」
と、考えていることをすべて吐き出してから、ふと我に返った。
わたしの悪い癖が出てしまった。相手との距離感を考えずに長々と語ってしまう癖があるのだ。その癖を、あろうことか尊敬している人の前で発露してしまったのだ。
途端に全身の体温がきゅぅっと下がる感覚がした。
しかし、彼はただ驚いたように微笑んでいた。
「クイズの経験がないのに、それだけのことを考えられたのは凄いです……」
両目に熱いものが走る感覚を覚えた。テレビの中でしか見ていなかった彼に、面と向かって褒められたのだ。
「ところで、つかぬことをお伺いしますが、学生さんでしょうか?」
「はい、中学三年生です」
学年を答えながら、わたしは少し悲しくなる。背も低く、胸も貧相で、顔つきも幼いから、小学生に間違われることの方が多いのだ。そのことが、わたしの最大のコンプレックスでもある。
「そうか。後輩さんだったか……」
ふと彼は敬語を崩して、また思案に耽るのであった。
そして、何かを思い立ったかのように口を開くのである。
「どこの高校に進みたいとか、決まってたりするかな?」
「えっと……。とりあえずレベルの合ったところに行くことになるのかなと……」
わたしは漠然と答える。というのも、わたしの中でも、ビジョンは曖昧なのだ。勉強もそんなに得意ではないし、将来何をやりたいとかもまだはっきりとしていない。
「そっか。……もしよかったらWHQSに入って来て欲しい、なんて思ってたんだけどな」
しかし、その彼の言葉が、一瞬にして曖昧模糊とした目の前の世界にはっきりとした色を付けたのだ。窓から入る太陽の光がきらきらとしていたことにようやく気が付いたのだ。
「わたしが、ですか?」
信じられない思いであった。一目惚れした彼とこうして会話できているだけでも夢のようなのに、その彼に直接勧誘されているのだ。
「ああ。君からはある種の才能を感じたからね。君とも切磋琢磨したいって、純粋に思った」
「……本当、ですか?」
「勿論」
そうか。運命って、やっぱりあるんだ。わたしにとっての運命の人は、この人だったんだ。そう、確信したのだ。
「……わかりました。わたし、頑張ってみます!」
「ありがとう。楽しみに待ってるよ、えっと……」
「月城穂香です」
「月城穂香さんか……。僕は……」
「速水真先輩、ですよね。『クイズハイスクール選手権』見ました」
「既に知られてたか……」
なんて夢のような会話をした後、わたしは苦手な勉強を克服し、そして今に至るのだ。
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