才能の発現
「ま、折角だしボタン押してったらどうだ?」
急なことでバタバタしていたが、新入生が体験に来た以上、クイズを体験してもらうというのが筋であろう。というわけで、坂島が口をはさむのである。
「そうだね。問題集は……、今読んでるやつでいいかな」
折よく、難易度が低めの問題集を読んでいた。新入生向けとしてもちょうどいい。
「じゃ、二人とも座って。真は1×失格でいいよな」
「別に僕はそれでもいいが……、じゃあ坂島も1×失格を呑めよ」
本来なら先輩二人は解答席から退去すべきであろうが、まだ人数も少ないので、僕らも押させていただくことにしよう。とはいえ、ハンデはしっかりとつけることにする。
とりあえず、僕らは5〇1×、新入生二人は5○3×ということになった。普通に考えれば大分厳しいハンデなのだが、経験値を加味すれば妥当なハンデである。
僕と坂島が改めて席に付けば、月城さんは僕の右隣の席に着き、星宮さんはさらにその隣に着席する。
「ところで、新入生はわたしたち以外まだ来てないのですか?」
「まだ来てないね。まあ、結構奥まったところにあるし、ここに来るまでに別のところに寄ろうって人も多いんじゃないかな?」
真っ先にここに向かうのは、WHQSを第一希望にしている人たちくらいだろうが、うちよりも大規模なクイズ研究会を抱える高校は他にもあるので、クイズをやりたいという人はそもそも別の高校に入学していることだろう。そういうわけで、WHQSの集客力はあまりないのである。
「……距離が近いと思うの」
「私もそう思います」
千佳と星宮さんがジト目で指摘する通り、隣の席の月城さんは僕に話しかけるたびに距離を詰めてきている気がする。これがいわゆる距離感がバグってるというやつなのだろうか。
「やっぱり、日浦にライバル現るってところか……」
そして、坂島は坂島で、何やら楽しそうに感慨に耽っているのである。何を言っているのか、僕にはさっぱり分からない。
「坂島、ライバルってどういう……」
「……そんなの気にしなくてもいいから、問題読むよ」
坂島の言葉の意味を問えば、今度は何故だか千佳が慌てたかのように問題を急くのであった。
さて、僕らは5〇1×だ。慎重さがより重要視される。
「問題 数学において、正しいとされる公理や命題から/」
ボタンが光る音が左隣から聞こえる。坂島のボタンだ。
「……やっば。全然分かんね……」
理系問題だから飛び込んだといった感じであろうが、答えが出てこなかったようだ。
結局、正解は出て来ず、坂島は早々に失格するのであった。
「正しいとされる公理や命題から正しい推論によって他の命題の真偽を示すことを漢字二字で……ということで、正解は「証明」でした」
「そんな概念も出るのか……」
確かに、わざわざこの概念をクイズで問いなおすのかといった感じの問題ではある。
「とはいえ、1×失格でする押しじゃないだろ」
「それはそう」
いくら誤答に厳しいとはいえ、分かるかもしれないと思ったらボタンを押してしまうのがクイズプレイヤーの性なのだ。
「というわけで真、あとは頼んだぞ」
「勝手に飛んで勝手にあてにすんなよ……」
と、坂島は僕の肩にポンと手を置くのであった。ちなみに、「飛ぶ」というのは誤答により失格することを意味する。
さて、状況はあまり変わらず、といったところだ。
相手は新入生である。多分、多少ゆっくりボタンを押しても負けることはないだろう。1×失格という状況も踏まえれば、それが一番いいかもしれない。
ただ……。
その疑念を考察する前に、次の問題は読まれるのであった。
「問題 道を塞ぐように仰向けに/」
その時、ボタンが光る音がした。僕の指は動いてなかった。光っていたのは、一つ右のボタンであった。
背筋に電流が走る思いがした。
右隣に座る彼女は、赤く光る右眼に右手を添えて、じっと考える様子を見せる。
そうだ。それだ。あの時と同じ素振りである。あの時も、シンキングタイムの5カウントをふんだんに使っていたのだ。
そして、そのシンキングタイムが終わる直前、すべての思考を終え、確信したかのように口にするのであった。
「カビゴン」
まあ、そうだろうな。
その答えが正解であるということは、ピンポンという音によって示された。
(道を塞ぐように仰向けに眠る姿がよく見られる、『ポケットモンスター』シリーズに登場する大型のいねむりポケモンは何でしょう?)
「いやー、よく行けたなぁ……」
坂島は溜息交じりに口にする。
確かに、誤答罰がもっと緩ければ、僕もそのタイミングで押せたかもしれないし、そのタイミングでボタンを押せたら正解に辿り着くことも出来たかもしれない。
ただ、クイズ経験がほぼゼロである人が同じタイミングで押して、そして正解までたどり着くのは、普通だと考え難い。
そもそも、ボタンを押し慣れていない人は、いくら誤答罰が緩かろうと、早押し誤答を恐れるものである。それに、この押しはシンキングタイムを使う前提でないとできない。思考力に自信がないと出来ない押しなのだ。
「解答までたどり着いたプロセス、聞いてもいいか?」
だから、僕は試すように尋ねてみるのだ。
すると、彼女のお転婆さは鳴りを潜め、落ち着いた様子で答えるのであった。
「まず、『道を塞ぐ』と聞いたときは、何かしらの障害物を想定していました。でも、『仰向け』と聞こえてきたので、何らかの生き物かなと。ですが、仰向けの状態であることがわざわざ説明される生き物なんて、珍しい気がしたので、既に答えは確定しているんじゃないかと思って、だから押しました。仰向けに眠ることで道を塞ぐ生き物は何かなと考えたら、きっと大きい生き物なんだろうなと。でも、そんなに大きい動物が仰向けに眠っている姿に思い当たるところがなかったので、じゃあ架空の生き物なんじゃないかと考えて、そしたら答えに辿り着けました」
…………成る程。やはり理路整然としている。
問題文が読まれている最中やシンキングタイムの間に、これだけのことをはっきりと言語化して考えていたのだ。僕も同じ答えに辿り着けるとして、ここまで理詰めに考えられるかと言われたら、それは不確かだ。もう少し、ぼんやりとした思考のようなものを通すことになるだろう。それは慣れによるものなのかもしれないが、だからこそ、慣れてない彼女が僕と同じ結論に辿り着けるのが不思議でならないのであった。
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