再会

「はい、どうぞ」


 唐突な来客に心を跳ね上げつつ、落ち着いて対処するために一度席を立つ。


 すると、そーっとドアが横に開き、隙間からちょこんと少女が姿を現した。


 途端、僕は思わず息が止まる思いをするのである。


 その少女の体格は千佳よりも小柄で、背丈も150に満たない程度であろうか。顔つきも幼く、柔らかそうな頬も印象的だが、それよりも右側だけ妖しく赤く光る真っ直ぐな瞳に吸い寄せられる。緩やかな黒髪は背中の真ん中ほどまで伸びており、千佳が左側の髪を編んでいるのと対称的に、彼女は右側に三つ編みを作り上げている。

 その外見を形容するなら、お転婆なお嬢様といった感じであろうか。


 彼女は、僕の顔を視認するなりぱあーっという表情を浮かべ、僕の方へととっとっとっと駆け寄るのであった。


「お久しぶりです、真先輩。わたしのこと覚えてますか? わたし、あれからもWHQSに入るために一生懸命勉強して、この学校に受かることができました。こちら、入部届です。これからもよろしくお願いします、真先輩!」


 そして、快活ながら早口で言葉を浴びせてくるのであった。僕らの間の距離は既に20センチくらいのところまで迫っていた。


「えっと……。月城つきしろ穂香ほのかさん、で合ってるよね? お久しぶり。来てくれて嬉しいよ」


 僕は彼女のテンションに半ば動揺しながらも、確かに彼女とまた出会えた喜びを嚙みしめるのである。


「先輩こそ、わたしのことを覚えてくださっていて嬉しいです」

「そりゃ、忘れるわけないだろ」


 そう、彼女こそが僕が才能を見込んだ少女なのである。


「……ところで、そちらの彼女はどちら様かな?」


 本当ならばこのまましばらく感慨に耽っていたいものだが、そうもいかない事情もある。というのも、月城さんと一緒に、もう一人新入生らしき女の子がやってきていたのだ。


 僕が彼女に話を振れば、彼女は月城さんとは対照的に落ち着いてこちらにやってきた。


「初めまして。1年C組の星宮ほしみやしずくです。穂香が迷惑をかけているみたいで申し訳ありません」


 星宮さんは肩にかかるくらいの焦げ茶色の髪をハーフアップに結わえており、赤色の細い縁で象られた眼鏡越しにも顔立ちが整っているのが分かる。


「えー、別に先輩に迷惑なんかかけてないよー」

「すみません本当に。ほら穂香、先輩との距離が近いよ」

「ちょっとー、引っ張らないでよー」


 と、星宮さんは月城さんが着ているブレザーの襟の部分を掴んで、ぐいと引っ張るのである。


「まあまあ、別に僕は迷惑だと思ってないから……」

「先輩も必要以上に穂香に近寄らないでください」

「いや、そんなつもりはないけど?」


 その場を宥めようとしたが、何故だか星宮さんに釘を刺されるのであった。あれ、何か不味いことでもしたかな?


「真は女たらしだから……」

「千佳は適当なこと言わないでくれるかな?」


 そして、千佳は千佳で何故だか不機嫌そうなジト目を向けるのである。その様子を見た坂島は愉快そうに笑っている。


 ……唐突に教室がにぎやかになったのはいいが、とりあえずその場の調停をすることにしよう。


「えっと……。お二人はお友達なのかな?」

「はい、穂香とは小学生の頃からの幼馴染です」

「成る程……。それで、星宮さんもうちに興味があるって感じ?」

「いえ、どちらかと言えば穂香の付き添いです」


 星宮さんは月城さんの保護者的な立場なのだろうか。まあ、パッと見た感じ、月城さんはどこか危ういところがあるから、星宮さんがそういう立場になるのも納得のことだ。


「付き添いってより、勝手に付いてきてるだけでしょ?」

「だって、穂香が変な男に騙されても困るし……」

「雫は過保護なんだよぉ……」


 あれ? 単なる保護者的な立ち位置じゃないのか?

 ……いや、気のせいか。気のせいということにしておこう。


 そんなことより、言っておかなければならないことがある。


「あと、入部届なんだけど……」


 月城さんから受け取った「1年B組月城穂香」と記された紙を見て、事務的に一言返す。


「提出先は僕じゃなくて、顧問の先生のところまでお願いできるかな」

「……へ?」


 校内でもあまり知られていない事実だが、一応、WHQSにも幽霊的な顧問はいるのである。

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