タイマンの決着

「問題……」


 白熱する僕らに対して、千佳はあくまでも冷静の問題を読み上げる。


「質点と並ん/」

「剛体」

(質点と並んで力学における重要概念となっている、どのような力を受けても変形したい理想的な物体を何というでしょう?)


 前のめりの押しを見せた坂島に押し負け、坂島の影がまた迫ってくる。


 僕はまた、長く息をつく。


「問題 「上善は水の如し」や/」


 また坂島に押し負ける。僕の指も動いてはいるが、誤答失格という可能性がよぎり、どうしても後手後手に回ってしまう。


「……何だこれは?」


 しかし、坂島も頭を悩ませている。坂島は理系であって、文系は多少苦手なのだ。シンプルに、知識不足なのだろう。


「……ごめん、×で」


 そして、シンキングタイムの終焉とともに坂島は白旗を上げ、降参の意を示す。


「「上善は水の如し」や「大道廃れて仁義あり」といえば、何という書物を出典とする言葉でしょう? 正解は『老子』でした」

「いや、俺には無理だったな……」


 いくら難易度が低めの問題だからといって、知識は蔑ろに出来ない。


「真は今の分かってたか?」

「まあ」

「じゃあしゃーないか」


 7〇3×ということは、2×までならセーフということだ。誤答もまた、オプションである。今、坂島は1×を使うことで僕の勝ち抜けを阻止したのだ。だから、彼のプレイングもまた一つの正解なのである。


 とはいえ、これで互いに失格リーチの状態。誤答は絶対にできないが、とはいえ、誤答を恐れすぎて相手に正解されるのもまた問題だ。退くことはできない。


「問題」


 千佳の落ち着いた声が鼓膜にすんと入る。


「日本語では「支払い予測/」


 カチャカチャと続けて響くボタンの音。坂島も押していた。しかし、僕の指の方がわずかに早かったらしい。


「ソルベンシー・マージン比率」


 そして、鳴らされたのは正解の音であった。


(日本語では「支払い予測比率」と訳される、保険会社が持つ支払い余力を示す指標を何というでしょう?)


「いやー、やっぱ真は強いな……」

「坂島こそ。この傾向の問題群だと相手にするのが怖いよ」


 僕らは友でありながら、互いに高め合うライバルでもある。坂島もそうだし、千佳も強力なライバルの1人だ。


「問題群、こんな感じでいいかな?」


 とりあえず1セットが済んでから、このまま続けてもいいかの検討がなされる。


「そうだね。割と易しめかなとは思うけど、全然いいと思う」

「俺的には押しやすくてむしろありがたい」


 この難易度帯の問題だと、指の早さやその場その場の思考力などの重要度が高くなってくる。そのあたりのスキルを磨くのに、この問題群はいいかもしれない。


「それじゃ、この問題集を読み続けたのでいいかな?」

「OK」


 問題の質も悪くはないので、この問題集で行くことにした。ごく稀に、変な問題集を掴まされることがあるので、問題集の評価は多少大事なのだ。


 ……その時、教室のドアが二度ノックされる音がした。

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