いつも通りの活動

 放課後、僕らは足早にとある空き教室へと向かうのである。


 部室棟四階の最奥にある空き教室。そこが我らがWHQSの活動拠点だ。関係者以外は通りかかることもない、そんな部屋である。


「真はテストどうだった?」

「いつも通りかな。千佳はどう?」

「わたしは数学がちょっと駄目だった気がする……」

「千佳は数学苦手だもんな。それに、今回の単元は特に苦手そうなところだし」


 いくら教室が遠いとはいえ、たわいもない話を浮かべているうちに僕らは部室へと辿り着くのであった。


 ガララと扉を開ければ、何の変哲もない空き教室が広がっているのである。


「お疲れ、真に日浦」

「早かったな坂島」

「まあ、六時限目が早めに終わったからな」


 そして、もう一人の会員がそこにはいるのであった。


 このノリの軽そうな男の名は、坂島さかしまはやてである。中学時代からの友人であり、その誼もあってWHQS結成時からともに活動しているのだ。


「二人ともテストは……って、まあ聞くまでもないか。真はどうせまた学年トップだし、日浦も上位に食い込んでんだろ」

「結果は返ってくるまで分からないが、まあ最大限の力は出せたかな。坂島は……、まあ、平均点くらいか?」

「そうだな。ああ、でも今回理系の化学は難易度高かったな。ありゃ平均点も低くなるはずなんだが」


 と、さっきどこかでしたような会話をしながら、僕らはいつもより多めの早押しボタンを設営する。

 ちなみに、坂島は理系に進み、僕と千佳は文系の特進クラスに進んでいる。文系の特進クラスは一つしかないので、必然的に僕と千佳は同じクラスなのだ。


「それで、今日は誰が読む?」

「……北九州例会の問題集って読んでる?」

「俺は読んでないけど……、真は?」

「僕もまだ読んでないな。じゃあ、千佳に問読み任せてもいいか?」


 こうやって、今日は何の問題集を読むのかということを決めるのもいつものことである。世の中に問題集は数多しと言えど、一般高校生の財力では一人ですべてを網羅することは不可能である。だからこそ、こうやって各々が問題集を購入し、問読みを代わる代わる行っているのだ。


「問題傾向はどんな感じだ?」

「短文基本かな」

「OK。タイマンだしナナサンでいいか?」

「いいぞ、坂島」


 というわけで、僕と坂島はボタンに付き、千佳は前の問読み席に座る。

 ちなみに、短文基本というのは、問題文の長さが概ね60文字以内で、難易度も基本的な問題のことである。ナナサンと言っているのは、7〇3×という、7問正解で勝ち抜け、3問誤答で失格というルールのことである。このように勝ち抜けノルマと誤答数の規定があるルールをn○m×ということがあるが、7〇3×はその中でも花形と言えるルールである。


 とりあえず、ボタンがしっかり反応するかどうかを儀式的にチェックして、それから、鎮まった空気の中、千佳はダウナー系の透き通った声で問題文を読み始めるのだ。


「問題 タマネギに対しては3方向/」


 僕の指も反応するが、光ったのは坂島のボタンである。


 シンキングタイムの5カウントが指折り数えられる中、坂島は手で「3方向」の意味を象るような素振りを見せ、そして、時間ギリギリと言ったところでようやく口を開く。


「みじん切り」


 下されるのは、正解を意味する「ピンポン」という音であった。


「タマネギに対しては3方向から薄い切れ込みを入れることでできる、食材を細かく切り刻む調理法を何というでしょう?」


 そして、千佳が問題文を今一度フォローし、確かに正解であったことが明らかになる。


 いや……、よく行けたな……。なんて感心する間もなく、次の問題が読まれていく。


「問題 当時の理想主義に反発して『オルナ/」


 今度は負けじと僕がボタンを付ける。

 「理想主義」という言葉が出てきたから、ジャンルは文学、芸術、思想あたりに絞られるだろう。人文系の問題なら得意な方だ。それに、坂島にやられてばかりというのも癪だ。

 だから、押したのだ。


 さて、「オルナ」と聞こえた。多分、これは『オルナンの埋葬』のことだろう。それに、「当時の理想主義に反発して」というのは、恐らく「天使は見えないから描けない」と彼が言ったことを暗に示しているに違いない。

 じゃあ、答えは……。


「クールベ」


 そしてまた響く正解音。


「当時の理想主義に反発して『オルナンの埋葬』や『石割り人夫』などの写実的な絵画を残したフランスの画家は誰でしょう?」


 これで五分。


「問題 欠乏すると乳糖不耐/」


 二人とも反応したが、解答権は僕の方に回ってきた。


 欠乏すると乳糖不耐症を引き起こすもの……。じゃあ、あれだろう。


「ラクターゼ」


 あらかたの予想通り、正解である。これで2-1。


「問題 滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』など/」


 今度は負けじと坂島のボタンが光る。


「『など』か……」


 少し攻め過ぎた感があったのか、坂島は首を傾げながら頭に何かを思い描き、そしてようやく答えを出す。


「読本」


 成る程。確かに「『南総里見八犬伝』などに代表される……」などと問題文が続く可能性はあるだろう。

 しかし、鳴らされたのは誤答を示す「ブー」という音であった。


「『南総里見八犬伝』などにその精神が如実に現れている、善行を勧め悪行を懲らしめることを意味する……、ということで正解は『勧善懲悪』でした」

「そう来たか……」

「まあ、坂島の読みも分かるからな……」


 7〇3×というルールだと、誤答は2回までなら許される。つまり、2回の誤答はオプションというわけだ。それに、この問題傾向だと少しくらい雑にボタンを押しても答えが分かる可能性だって十分にある。だからこそ、多少攻めた押しをするのも戦略のうちなのだ。


 というわけで、僕は2〇0×、坂島は1〇1×。まだまだこれからだ。

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