第七章……そもそも詩とは?

 再び、秋の夜です。「〈根源悪〉の原体験/異邦の恐怖(改訂8)」」という詩を批評し終えて、わたしは少なからずほっとしています。この批評はリアルタイムに書き進めていったため、あるいは言い足りない部分、説明しきれていない部分はあると思うのです(*1)。たとえば、この批評が五千字という文字数を決められていたら、わたしは起承転結をもって論を進めていったでしょう。ですが、幸いにも不幸にも、わたしは自由にこの論を書き進めてきました。

 わたしは、「ひだかたけし氏の詩と時間」「生まれながらの詩人はいるのか?」ということを主要なテーマにして書いてきたつもりなのですが、やはり本筋を逸脱した叙述が多かったような気がします。これは、わたし自身の限界でもあり、時間的な制約のせいでもあり、ひだかたけし氏の詩がその解題者の思い以上に飛翔していくものだからでもあります。わたしは事前のテーマにそって書いてきたつもりではあるのですが、それを許さないものが、ひだかたけし氏の作品にはあるのです。ですので、この章では自由に、わたしが感じるままに氏の詩を批評していくことにしましょう。

 では、どんな詩を選びましょうか。実は、どの詩でも良いのです。氏の詩の舞台である現代詩フォーラムは現在過疎化していて、そこで評価される詩が良い詩であるとは言い難いものがあります。もし氏が詩集を出版したら? とわたしは思うのです。そこから真の批評が始まると。──批評とは、過去への追想であり、作品の再構成でもあります。ここまでの論術はいわば序文のようなものであるのですが、ここから始める本論は短いものに留めておきましょう。それは、読者がひだかたけし氏の詩を味わう楽しみを損ねないためです。

 まずは、2019年10月に書かれた「只ぼうと(改訂)」(*2)という詩から引用しましょう。

 

  木立の緑が揺れている

  私は冷たい虚を飼って

  鉛の監獄から眺めている

  気だるく憂鬱な昼下がり

  空は一面の灰色模様、

  風はもう絶えず吹き

  荒れ果てた街並みが

  ぱたんぱたんと倒れていく


 この詩は叙景をもって始まり、叙景と抒情の混合によって終わります。最後の一連は、「私は冷たい虚を飼って/鉛の監獄から眺めている/絶望もなく希望もなく/只ぼうと眺めている」というものです。上に引用した部分は、この詩の最初の連であり、一見美しいものです。しかし、「荒れ果てた街並みが/ぱたんぱたんと倒れていく」という(ここには引用しなかった)二文によって、美しい光景は早くも崩れていく。そこにはやはり、「詩との格闘」「主観の戦い」というものが表れているのです。

 作者は、眼前に現れてくる光景に対して、勝つのでもなく、負けるのでもなく、ただ対峙します。己が自恃をもって、己が主観を見極めようとする。いわば、自己の反省としての世界との格闘です。作者は、自らの認識すらをも疑う。認識とは、脳が提示するひとつのイメージであるからです。主観は、その認識よりもさらに深い場所にある。サルトルの言うところの「対自」です。

 サルトルは、その初期の論文において、「対自は無限の彼方にある」と言いました。人間=認識の根源は、時間や空間を超えた彼方にあらねばならず、人の認識とは、「対自」から「現世」へと映された写像にすぎません。ここで実存主義を持ち出すことは批評の弱点(それも、いささか古い議論)ではありますが、この詩にはサルトルの初期の主張のような、切断された時間というものが表されています。この詩のなかで、「時間」は静止しています。対峙=自己とは何者であるのか? という問いが正面から問い直されているのです。

「只ぼうと眺めている」という最後の一文によって、読者は最初の一連に立ち返らざるを得なくなります。この一連のみで詩が終わっていたら、この詩は叙景詩、あるいは風景に仮託された抒情詩になるでしょう。氏の詩は、その一連々々が巧みであり、完成されているのです。もしも忍耐力のない詩人であれば、満足感とともにここで詩を終わらせてしまったことでしょう。そしてこの生来の詩人は、風景を自我と一体化させるために、その後の文章を紡いでゆく。己が感性と、世界とを合一させるまで。

 同じく、完成度の高い作品に「残響」(*3)という詩があります。「只ぼうと(改訂)」と同じく、2019年10月の作品です。その書き出しは、こういうものです。

 

  樹間から

  覗く秋晴れの青、

  ふるふる震え

  金木犀の香が舞う夕べ、

  時はすっかり透き通り

  遠い記憶を辿りいく


「只ぼうと(改訂)」に次いで書かれた詩らしく、その形式は似通っています。最初は叙景で始まり、最後は「時はすっかり透き通り/遠い記憶の残響を聴く」という叙志で終わります。詩人はこのとき、単なる惰性に任せたのでしょうか? それを肯定することは可ですが、わたしはここに詩人の進歩を見たいです。この詩の途上に、「)何があったか/細かいことは忘れちまったが」という一文があるためです。「只ぼうと(改訂)」という詩に反省はありませんでしたが、直後に書かれたこの詩では、自嘲に近い反省が見られるのです。

 人が物事を忘れる、しかも大切なことを忘れることは至難の業です。この詩人においても、人生の失敗談、あるいは不幸はあると思われるのですが、詩人はわずかにその片鱗を見せるだけです。ストイックなこの詩人にとって、自己弁護ほど遠い表現はないのです。詩人はあくまでも、「自我との格闘」に己の答えを見出そうとする、それは「宿命」と言っても良いものでしょう。ひだかたけしという詩人は、決して己の置かれた環境に妥協しないのです。この詩の最後に、詩人はこう言います。

 

  金木犀の香が舞う夕べ、

  時はすっかり透き通り

  遠い記憶の残響を聴く


 ここに表されているのは、「只ぼうと(改訂)」の最後にあったような受動ではなく、能動です。詩人は歩き出そうとするのです、凛として。

 詩とは、読者に対して感興をもたらすものです。「詩とは何か?」と問うことは、「卵が先か、鶏が先か」という古来からのテーゼにも通じるものです。「詩を書くから詩人なのか? 詩として認められたから詩人なのか?」と。しかし、これは無意味な問いです。どんなに優れた詩人の作においても、そこには駄作があり、失敗作があるからです。詩は小説のように、面白さをもって判断されるものではありません。「読者をあっと言わせること」が、詩の醍醐味です。人は、鮮烈な詩に出会ったとき、それを書いた詩人、あるいは詩そのものに共感します。そこに例外はないと言えるでしょう。読者は「自分の思いを代弁してくれている」、または「そこに自分が目指すべきものがある」という点において、一篇の詩に共感するのです。

 ここに挙げた二つの詩は、現代詩フォーラムでも比較的評価の高かった詩です。わたしはポピュリズムに迎合するものではなく、むしろ評価の高い詩には反発を覚える、という性向があります。わたしが、氏の詩のなかから、あえて評価の高い詩を選んだのは、わたし自身の労力を省くためでもあります。しかし、偶然とは異なもので、ここに挙げた詩はわたし自身にとっても気に入るものでした。そこでは、抒情と叙志が一体化していて、「現代詩」というあいまいな存在に、一石を投じるようなものに思えたからです。

「そもそも論」「原理主義」というものに、わたしはほとんど共感しません。文学の世界にしろ、政治の世界にしろ、「分かりやすいもの」とは、必然的に、あるいは残念なことに「耳に心地よい」主義・主張に落ち着いてしまうからです。わたしはむしろ、分かりにくい、ポピュリズムからは離れた作品をこそ評価します。ですが、ひだかたけし氏の詩において、そのようなアウトキャスト的な詩を求めるのは困難です。アマチュアの詩人であるという氏の立場にあっても、氏の作品はつねに一定の評価を得ているからです。分かりやすく、しかし多くの共感を得ている詩を、わたしは忌避します(例外はありますが)。

 わたしは、ひとつの詩に対する詳細な注釈・解題というものをあまり好みません。それよりは、詩の原作・原点にあって、そこにある「心」を読み解いてほしいと思うからです。ですが、少しは読者の便宜を図るための解説も必要でしょう。上に挙げた、二つの詩のなかにあるのは、「時間」です。

 すでに書いたように、この章で挙げた二つの詩が書かれたのは、2019年のことです。そして、第一章で挙げた「VISION.02」、第六章で挙げた「〈根源悪〉の原体験/異邦の恐怖」ともに、その初出は2016年のことです。氏が、「〈根源悪〉の原体験」という詩に対してさまざまな試行錯誤を繰り返したことは、第六章でも書きましたが、作者が作品に対していかに愛着(*4)を持っていたとしても、作品とはその原点を超え得ないものです。わたしは、「只ぼうと(改訂)」「残響」のほうを、「〈根源悪〉の原体験」という作品よりも先に読みました。ですから、そこに氏に関する詩体験のオリジンがあります。

 そもそも、日本の詩歌は「時間」というものに重きを置いてきました。平安時代に確立された「わび・さび」というのが、それです。……Wikipediaによれば、この概念は「万葉集」の時代からあったものだとも、されています。わたしは古典の研究者ではありませんから、「わび・さび」に関する詳細な説明は省きますが、「時間」という概念は、平安末期の歌人である西行の歌によく現れているように思います。

 

  すぎてゆく羽風なつかし鶯よなづさひけりな梅の立枝に


 どうでしょう? 手元に詳細な資料がないことがもどかしいのですが、読者はここに「時間」というものを感じないでしょうか……。それは何も、この歌の冒頭に「すぎてゆく」という「時間」に関わる言葉が現れてくるから、ではありません。この歌のなかでは、過去の情景と現在の情景とが一体となっているのです。あるいは、なぜわたしが西行を引用したのか、唐突に思われる方もいるかもしれませんね。

 わたしは、西行についてある程度の馴染みがあるということゆえにだけではなく、西行という歌人の生涯をもっても、この「ひだかたけし」という詩人と比較してみようという気もちになりました。というのは、西行という歌人も、若年期のあいだは無名で、晩年になってからようやくその業績を知られた歌人であるからです。「氏が四十歳を過ぎてから詩に到達した」ということは、すでに書きました。その詩歴は、現代詩人のなかでは遅いとも言え、そうとも言えないものです。

 表現が不細工になりますが、わたしは、「VISION.02」「〈根源悪〉の原体験」の時点では、氏の詩はまだ未成熟であったと考えます(もちろん、そこに完成された「詩想」を求めることはできます)。氏は、現代詩フォーラムというウェブサイトに詩を投稿し、それが受け入れられていく過程で、自分自身を見つめなおしていった、そこでひとつの到達点が、上の「只ぼうと(改訂)」「残響」という二編のなかには現れている。

 では、詩における「時間」の表現とは何か? それは、「心情の変化」であり、「変化した心情」です。これは、何も言葉遊びをしているのではありません。「詩」という限られた時空間のなかで変化するもの、それこそが「抒情」です。わたしは抒情詩のみを推すものではありませんが、古来からの伝統からすれば、やはり抒情詩こそが、もっとも「詩想=ポエジー」を喚起するものなのです。わたしは、あえてここで異論を認めましょう。「詩は抒情詩に限るものではない」と。

「只ぼうと(改訂)」「残響」は、抒情詩なのでしょうか? 天邪鬼のようですが、わたしはその問いに対する答えを保留します。ここに「時間の変化」「心情の変化」が表されていることはたしかですが、これらの詩を抒情詩と結論付けてしまうことは、解釈の限定をももたらすものです。あるいは、これらの氏はひだかたけしという詩人において例外的な詩であるのかもしれず、現に生きて創作している詩人の可能性を、わたしも限定したくないのです。わたしは、そして読者は、これらの詩が「読みやすいものだった」と弁明しても良いでしょう。

 氏の詩の歴史的な解釈を可能にするために、わたしはここで二つの詩を引用したいと思います。ひとつは、立原道造の「はじめてのものに」。今ひとつは、中原中也の「冬の長門峡」です。

 

  ――人の心を知ることは……人の心とは……

  私は そのひとが蛾を追ふ手つきを あれは蛾を

  把へようとするのだらうか 何かいぶかしかつた


  いかな日にみねに灰の煙の立ち初めたか

  火の山の物語と……また幾夜さかは 果して夢に

  その夜習つたエリーザベトの物語を織つた


 これは、立原道造の「はじめてのものに」の一節。


  水は、あたか も魂あるものの如く、

  流れ流れてありにけり。


  やがても密柑みかん の如き夕陽、

  欄干らんかん にこぼれたり。


  ああ! ――そのやうな時もありき、

  寒い寒い 日なりき。


 これは、中原中也の「冬の長門峡」の一節です。

 前者と後者を比較するとき、読者にとって見やすいのは、そこに作者の「主張」があるかないかという点です。立原道造は24歳で、中原中也は30歳で没した詩人であり、ともに夭折した作家であると言うことができます。しかし、小説家であり評論家でもあった大岡昇平は、この「冬の長門峡」という詩に対して、そこには「時間」というものが表されており、この作は作家の大成、または晩熟を示している作だと言います。

 ここで、西行論、立原道造論、中原中也論に字数を割くことはしません。ですが、立原道造の詩に現れているような「叙志」が中原中也の詩にはなく、中原中也という詩人が運命に任されている(あくまでも「冬の長門峡」という詩を執筆した時点で)ことは、容易に見て取れることです。分かりやすく解説すれば、前者の詩には「希望」があり、後者の詩には「諦観」がある。……この「諦観」というものが厄介であり、時に詩を立たせるものであり、時に詩を滅するものなのです。

 わたしはここで、一人の古典の歌人、二人の昭和初期の詩人の作を引用しましたが、読者諸氏は、これらの詩において、ひだかたけしという詩人の作との間の「等価性」「詩の普遍性」というものを、見て取ることができたのではないかと思います。わたしは、氏の詩を「クラシカル」であると思います。もし、氏の詩が歴史──詩史──に埋もれたとしたら、わたしは悲しむでしょう。共感でも同情でもなく、「あるべくものがそこにはない」という悲しみを、わたしは感じます。

 氏の詩を、誰かの詩に近いものとして、評価することは簡単です。わたしの乏しい知識のなかでも、例えば伊東静雄のような詩人の作に近いものとして、ひだかたけし氏の詩を論評することは可能かもしれません(読者諸氏にあっては、このような目まぐるしい論旨の変化に、どうかいて来られますことを)。晩年の萩原朔太郎が歌ったように、「嗚呼すでに衰へ、わが心また新しく泣かむとす」という詩人の決意を見ることも可能です。

 古来から、詩歌はその「持続」によって成り立ってきました。ひとつの詩歌のなかにも「持続」があり、詩人たち、歌人たちは、「詩集」または「歌集」を表すことで、その「持続」を示してきました。詩、あるいは歌というものが不遇であるように、それらの作品は「詩人、または歌人がいかに生きたか?」ということをもってしか、証左され得ないものです。なぜなら、「作者の生き様がいかにその作品のなかに現れているか?」ということを、読者は問うからです。そうでなければ、どうしてひとつの歌、そして詩が、生きることの指針になり得るでしょう?

 ひだかたけし氏の詩は、一篇の詩から「生きるとは何か?」というテーゼにまで飛翔し得るものです。ここに引用した詩(古典の詩と、氏の詩)の等価性(つまりは、引用が違和感を生じないということ)からも、それは感じ取っていただけるものでしょう。氏の詩は技巧的ですが、わたしは技巧それ自体を賛美するものではありません。「生き様」から「技巧」が現れてくることを、賛美するものです。ことに、詩人という人間それ自体にとっては異質な存在にとっては、その特異な生き様こそが、限界状態における人間心理の根幹、そしてそれに対する対処方法をも与え得るものなのです。

 わたしたちは、一篇の詩を読むとき、何へと帰るべきでしょう? 言い方を変えれば、何をもってその詩の価値であると判断すべきでしょう? わたしは、単純な答えを提示し得ません。「〈根源悪〉の原体験」から、「只ぼうと(改訂)」「残響」への飛翔、そこにある詩人の変化を、わたしは提示し得るのみです。

「只ぼうと(改訂)」と「残響」において、詩人は反省とその解決法とを綴っている。いいえ、これでは正確ではありませんね。「只ぼうと(改訂)」において、詩人はひとつの問いに対する答えを提示し、「残響」においては、その「答え」の受容を表現している。「残響」において、詩人は次のように語っています。


  )何があったか

  )細かいことは忘れちまったが

  )ただ喜びと懐かしさだけ

  )湧き上がり浮き上がり

  )俺の心は充ちてゆく


 なぜ、わたしがこの詩を引用したのか、また中原中也の「冬の長門峡」を引用したのか、読者諸氏は分かっていただけるでしょうか? 詩に詳しくない読者に対して、詩論というものを押し付けることを、ここではしますまい。わたしには、読者の信用を「ひだかたけし」という詩人に向けることができるのみです。「時間の変化」「心情の変化」ということを書いたように、ここには、氏の「詩想」の変化が見て取れます。それは「淋しさ」という形を取って現れるものですが、わたしは一般的な心理一般にそれを帰すことはありません。ここには、客体化された「詩情」が表されているのです。

 わたしは、この二篇の詩を読むとき、一抹の寂しさをも感じるのですが(これは、「〈根源悪〉の原体験」では、表されていなかったものです)、そうした「孤独」からの脱却も感じます。「俺の心は充ちてゆく」というのは、自己充足感の表現ではありません。世界、あるいは世界の孤独に対する、「己」の勝利です。読者は──真に詩人を信用するならば──世界を超えて、その秘密の奥底へと到達する。それをカタルシスと言うか、悟達と言うか、それは読者に任せましょう。

 この小論を読んで下さった読者は、この論考が「ひだかたけし」という詩人について物しているのか、あるいは「詩」そのものについて言っているのか、分からなくなっているかもしれません。ですが、それこそがわたしの望むことであり、「ひだかたけし」という詩人を、詩の本質へと招き寄せるものでもあります。

 わたしは、氏の詩にひとつの希望を見出してほしいと思います。読者が詩に対して希望を見出し、作者自身は希望を見出せないということは、詩の世界にとってはままある事ですが、ひだかたけし氏の詩についても、それは言えることです。この章を、わたしは一度ならず書き淀みました。詩人その人ではなく、詩そのものではなく、一篇あるいは数篇の詩を通して詩自体へと昇華させることは、簡単なことではないと承知しています。そして、そうさせ得るだけの詩も数多くはない、ということを知っています。ある詩が「詩」であることの解説とは、容易いことではないのです。

 わたしは、氏の詩を評するにあたって、諸々の論客──小林秀雄、クワイン、クリプキなど──を呼び出しましたが、ここではわたし自身の独断によって、次のように言いましょう。「詩とは、文章によって構築される芸術のうち、小説やエッセイ、批評などではないもの」。あるいは、「詩とは韻文の伝統にそって創作された、読者に詩情をもたらすようなあるもの」と。一人の詩人の詩を詩たらしめるものとは、「詩の伝統」そのものなのです。

 では、ひだかたけしという詩人は、殉教者であるか、破戒者であるか? ある詩が「新しい詩」たることを求めたとき、そのことはすなわち詩の伝統の破壊──破戒へと向かいます。逆に、詩の伝統に乗っ取って詩作をすれば、それは「詩」という文化に殉じることになるでしょう。「そもそも論」が嫌いだ、とわたしは書きましたが、それはこの章のタイトルに「そもそも詩とは?」と冠したように、自己矛盾です。伝統がなければ「詩」たり得ない、「詩」とは伝統に従い、または新たな伝統を築くものだ、という主張は「そもそも論」の否定です。

 ひだかたけし氏の詩は、この中間を行くものです。伝統に忠実でもあり、伝統を破壊していくものでもある。その詩史の一端に「VISION.02」や「〈根源悪〉の原体験」といった詩の破壊があり、もう一端に「只ぼうと(改訂)」や「残響」といった詩史への順応があります。わたしは、この論考を自由に書くように任されているのですが、自由とはいつでも途方もないものです。ひだかたけしという詩人の詩作品を読むときにも、読者は責任のありかが分からない自由、典拠の定まらない自由を感じることでしょう。そこに「読むことの怖れ」がなければ、作品は現代詩たり得ないのです。

 おしまいに、「只ぼうと(改訂)」と「残響」という詩の最後の一連をそれぞれ引用しましょう。

 

  木立の緑が揺れている

  私は冷たい虚を飼って

  鉛の監獄から眺めている

  絶望もなく希望もなく

  只ぼうと眺めている


 これが、「只ぼうと(改訂)」の最後の一連。

 

  樹間から

  覗く秋晴れの青、

  ふるふる震え

  金木犀の香が舞う夕べ、

  時はすっかり透き通り

  遠い記憶の残響を聴く

 

 これが「残響」の最後の一連です。

 氏の詩を読み慣れた人であれば、ここに作者が得意とする「自省」を読み取るかもしれません。この二つの詩において、その詩の態度は能動的であり、叙述は積極的です。作者は何かを反省しているのか? ──いいえ、それは違うでしょう。作者は常にひとつの結論へと辿り着こうとしている。それが、「木立」であれ、「金木犀」であれ、答えに対して、常に問いが勝っているのです。問いそれ自体が答えだと──これが、詩の神髄でしょう。

 詩作品と詩とを融合させるとき、人は形而上学の高みへと誘われることになります。ですが、ここでは氏の二つの詩作品へと立ち戻り、その「詩らしさ」を鑑賞することにしましょう。この二作品において、詩の終わり方はともに静謐です。そこに迷いなどはないかのように、徒然とした感興から記されたかのように、二作品は終わります。これを「美しい」と結論することも可能でしょう。詩の価値とは、作者の懊悩を逃げ切ったところに存在するからです。作者は悩み、作品は癒しを与える。

 このような、労働の排除、気ぜわしさの排除は、どんな作品にも言えることです。小説しかり、エッセイしかり、CMしかし、アニメ作品しかり、映画しかり。作品の作者がその労苦を鑑賞者にぶつけていては、それはエンターテイメントたり得ません(エンターテイメントとは、実に誤解を招く言葉だとは思うのですが)。作者は、読者に対して、何がしかの物を与えなければならないのですが、それは作者にとっては損失とイコールのものです。「与えた=失われた」という相関関係が、単純そして明快に、そこにはあります。

 人は、書けば書くほど痩せ細り、同時に研ぎ澄まされていく。詩人が詩作をしなければあるいは永遠の生を物したのではないか? と思われるほど、詩作とは魂をすり減らし、詩人の寿命を縮めるものです。谷川俊太郎のように、生前にその生活を盤石とした詩人においても、詩とはそのように、生命それ自身との対決を止めないでしょう。わたしは、この章において、ひだかたけし氏の作品を、西行、立原道造、中原中也という三人の詩人(歌人)の作と対決させました。それが違和感のないものであったことを、賢明な読者諸氏には感じ取ってもらえたものと思います。

 わたしは、この「只ぼうと(改訂)」「残響」という二篇について、結論を叫ぼうとはしません。読者は、その断片からだけでも、作者の詩想(ポエジー)を感じ取ることができるでしょう。ここに解説は無用であり、蛇足なのです。わたしは、詩の歴史にこれらの詩を置いたとき、それらが伝統的なものである、ということを否定しないでしょう。すなわち「どこかで読んだことのあるような詩だ」と。「VISION.02」や「〈根源悪〉の原体験」といった「詩の伝統の破壊」から始まった詩人にとっては、このような伝統的な詩(あるいは抒情詩と言っても良いでしょうか)に帰するということは、成熟そのものなのです。しかし、それは「一旦停止」であり、詩人は再び己が魂の根源に向かって歩き始めるのかもしれません。そしてそこに、詩を書き続ける詩人の覚悟というものも、あるのでしょうか……    




*1) しかも、わたしは第一章で書いた「その手間とは、『詩とは何であるのか?』という問いに正面から対峙することです。わたしは、詩に関する本質論は退けて、この詩人が『生まれながらの詩人である』という答えに帰結させたいのです。」という言説を反故にしようとしています。

*2) https://po-m.com/forum/myframe2.php?hid=12129&qhid=11286

*3) https://po-m.com/forum/myframe2.php?hid=12129&qhid=11286

*4) 第六章でご紹介した「〈根源悪〉の原体験」について、ひだかたけし氏から、この詩を幾度も繰り返し改定した理由は「愛着」のためではない、とのご指摘をいただきました。この小論では、氏の詩からさかのぼって、詩一般についても思いを致してほしいのですが、ここでは「愛着」という言葉は使わず、「執念」「執着」または「宿命」という言葉を使ったほうが良かったかもしれません。

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