8/9 死への旅路

*死への旅路



 Lは心が軽くなっているのを感じた。「こんなにも心が軽いのは何年ぶりのことなのだろう」と、Lは思う。その間には嬉しいこともあったし、悲しいこともあった。しかし、心がこれほど晴れ晴れとしていることはなかった。


(わたしが死を待っていたんじゃない。死のほうがわたしを待っていたんだ)


 もう一度Lは思った。


 空からは、再び小雪が降り始めていた。


<哀れなるかな、イカルスが幾人も来ては落っこちる。>


 という台詞がまた頭の中に蘇る。


(わたしはイカルスのように失敗はしない)


 そう、Lは感じる。その翼が蝋で塗り固められたものであっても、太陽がその蝋を溶かすことはないだろう。


 Lは、親しい友人全員に向かって、「今日死ぬことにした」というメールを送った。返信は一通もなかった。それが世界から見捨てられたことだと、Lは確信した。しかし、スマホもPCも使わない父にだけは、今の気持ちを伝える術がなかった。死の前に父の元へ寄っていこうか、とLは考える。が、それも父の余計な心労を増やすことになるだけだろうと考えて止めにした。


(死んでしまう人間はそれで良い、でも、死なれた人間にとってはいろいろとすべきことがある)


 今際の際になっても、Lはそんなことを考えていた。夜通し歩いていた後で、頭は呆然としていた。これで自動車でも運転すれば、簡単に事故を起こせる。自殺のような事故死、と警察は発表するだろう。そして、誰も他人を巻き込まないこと。どうすれば、そんなことが可能だろうか?


 実家にも自動車はあったが、Lはレンタカーを借りることにした。いずれにしても、実家に帰っている時間と余裕はないような気がした。レンタカー会社には迷惑をかけることになるだろう。しかし、死後の迷惑など誰が知ったことだろうか? 自動車を運転して、そのまま崖から落ちてしまえば良い。あるいは、ガードレールを突き破って、谷底に落ちてしまえば良い。レンタカー会社でも保険くらいはかけているだろうから、損をすることはないはず……


 そんな実利的な考えがLを支配する。「死」は一種の賭け事のようでもある、とLは思う。ニュース屋も言っていたではないか、自動車が何か関係があると。けれども、少年の予言に従うことはなんだか癪に障る。これでは、まるで少年の口車に乗って自殺したかのように思えてしまう。あるいは、洗脳されたかのように。


(やはり、海が良い)


 と、Lは思う。「Kの昇天」でも主人公は海で自殺をした。なら、わたしも海で、だ。


 それから自動車を何時間運転しただろうか。S市は海からは遠い。いや、実際には海に隣接しているのだが、S市の繁華街からは海は遠い。それなりの距離があり、自動車でも何時間か運転して行かなくてはならない。


 レンタカーのダッシュボードには、誰かが忘れて行ったのか、あるいは故意に入れておいたのか、ザ・ローリング・ストーンズの『スルー・ザ・パスト・ダークリー』が入っていた。Lはそれを備え付けのCDプレイヤーにかける。


 誰かからメールの返信が来たが、Lは放っておいた。これから死のうとしている人間にとって、メールの返信など関係ない。たとえそれが自死を引き留めるような内容のものだったとしても、Lは気にかけないだろう。それどころか、鼻で笑ってしまうかもしれない。父に会えないことは心残りだったが、それも今では気にならなくなった。


(英語の歌は良い。だって、意味が分からないもの……)


 Lは思った。ただ、「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」という曲名だけは知っていた。Lにとって、死は決して後ろ向きのものではない、前向きのものだった。もしも助手席に人がいたら、この旅はロードムービーのようなものになっただろう。そして、『テルマ&ルイーズ』のような結末を迎える。

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