マヨネーズ小説に関する講義

春雷

第1話

「危ねえ。現代小説概論、ここだったか」と言って、俺は友人の隣に座った。

「あー、直前で教室変更の連絡があったもんね。俺も普段、この講義棟来ないから不安だったよ。あ、先生来た」

 メガネをかけた、初老の先生が講義室に入ってきた。

「なあ、俺、前回のオリエンテーション来なかったからさ、この講義、どんな感じ?」と俺は訊いた。何故か、前回の講義をすっぽかしてしまっていたのだ。バイトでも入れていたのか? 記憶がない。

「基本的には先生の話聞いて、感想文書いて終わりって感じかな。楽単だよ」と友人。

「へえ。でも俺、小説まったく読まねえんだよ。ついていけるかな」

「大丈夫だと思うよ」

 講義開始のベルが鳴る。先生がホワイトボードの前に立って、喋り始めた。

「えー、では、講義をはじめます。今日は小説『マヨネーズって何にでも合う」』を読み解いていきます。えー、今からプリントを配ります」

 そう言って、先生はプリントを配り始めた。俺の手元にも来た。レジュメだ。今日話す内容が、要点を絞って書いてある。小説の一部抜粋も載っていた。

「えー、この小説では、主人公がマヨネーズは何にでも合うと、とにかく主張しています。サラダにマヨネーズを使うのはもちろん、コーラや、髭剃り、自転車のチェーン、はてはエスカレーターにまで合うと主張します。主人公の友人は、主人公の意見に非常に懐疑的で、なら、実際にマヨネーズとエスカレーターが合うのか、見せてみろ、と言い放ちます」

 どんな小説だよ。エスカレーターと合う、って、何だよ。

「主人公は全財産を使い、賃貸アパートの自分の部屋にエスカレーターを設置します。友人の反論に激しく怒って、そういう行動をとったんですね」

 気持ちがエスカレートしすぎだよ。わざわざ設置しなくても、商業施設とかのエスカレーターに合わせりゃよかったのによ。・・・いや、何だよ合わせるって。意味がわかんねえよ。どういう状態?

「えー、それでですね、エスカレーターの設置工事が終わったんで、友人を家に呼ぼうとしたところ、その友人は何者かに殺されてしまっていたんですね」

 どういう展開?

「そこからですね、この小説は本格推理小説になっていきます」

 何で?

「警察ははじめ、主人公を疑っていたんですが、まあ、色々あってですね、捜査を進めた結果、結局、友人は六法全書を読んで、笑いすぎて死んだだけ、ということでした」

 六法全書のどの部分読んで、そんな笑ったんだよ。笑いのツボおかしいだろ。

「主人公はこの事実に触れ、思い悩みます。この小説は全八十二巻ですが、七十八巻分、思い悩みます。ほとんどが主人公が思い悩むパートです」

 思い悩みすぎだろ。あと、小説長すぎだろ。

「思い悩んだあと、すき家でカレーを食って、また思い悩む。これの繰り返しです」

 本当に思い悩んでんのか? それ。

「朝食はスムージーを作って、飲んでいます」

 じゃあ思い悩んでねえよそれ。思い悩んでる奴が、スムージー作って飲むわけねえもん。健康に気ィ使う余裕ねえもん、思い悩んでる奴は。ただ物語を引き延ばしてるだけだよ、それ。

「主人公はその後、大家に、勝手にエスカレーターを設置するな、と怒鳴られます」

 当たり前だよ。

「主人公は大家にジャーマンスープレックスを五回、食らわせます」

 やめろよ。大家にジャーマン食らわせるな。

「大家は九十二歳」

 可哀想に。老体にジャーマン。老体に複数回のジャーマン。殺人だよもはや。

「ジャーマンのあとにスムージーを飲みます」

 飲むなよ。一仕事終えたなあじゃないんだよ。

「ジャーマン、スムージー、ジャーマン、ジャーマン、スムージー、スムージー、ジャーマン、ジャーマンの順番です」

 知らねえよ。

「スムージーにはマヨネーズ入れません」

 入れろよ。マヨネーズは何にでも合うって、言い張ってるんだから。そう主張してんだろ? この主人公。

「ジャーマンには入れます」

 何だよジャーマンには入れるって。

「老体ジャーマンマヨネーズスープレックス後スムージーです」

 何言ってんの?

「そして主人公はエスカレーターに乗り、思い悩みます」

 もういいよ、思い悩むくだり。

「老体ジャーマンマヨネーズスープレックス後、スムージー後、エスカレーター思い悩み後、すき家カレー後、立ちションです」

 立ちションすんな。

「立ちションにはマヨネーズを合わせます」

 だから、どういう意味だよ。何だよ合わせますって。どう合わせるんだよ。

「そして主人公は、武者小路実篤2に出会います」

 何だよ武者小路実篤2って。武者小路実篤の続編が出たのか?

「彼にもマヨを合わせます」

 だから何だよ合わせるって。具体的にどう合わせるんだよ。

「武者小路マヨ篤2です」

 名前に? 名前に合わせるの?

「そして主人公は、マヨ篤2と街で暴れまくり、逮捕されます」

 どういう展開?

「逮捕されて初めて、主人公は法律という存在を知り、爆笑して死にます」

 どこで爆笑してんだよ。どういう理由で死んでんだよ。友人もそうやって死んだのかなあ? てか、法律知らねえってどんな教育受けてきたんだよ。どうやって、その情報を避けて生きてこれたんだよ、この現代社会で。

「小説のラストは、主人公の母親が、彼の入っている棺にマヨネーズをしこたま入れ、焼香にマヨネーズを合わせ、坊さんの頭にマヨネーズをかけ、マヨネーズを参列者全員にぶっかけ、紅を大合唱するところで終わります」

 もう、わかんねえ。訳わかんねえ。何だよ、その小説

「著者の春雷氏は、いったい何を伝えたかったのか」

 たぶん何にも考えてねえよ。

「それは、マヨネーズは何にでも合うと言われているが、本当に何にでも合うわけじゃない、ということです」

 読む前からわかってるよ!

「エスカレーターや立ちションに合わせても、何にもならないということです」

 読む前からわかるって!

「非常に深い、メッセージ」

 浅いよ。どこまでも意味のない小説だよ、そんなものは。

「この小説の続編に、『ケチャップって意外と何にでも合わせられる』があります」

 何だよ、そのシリーズ。誰が読んでんの?

「次回の講義で扱います」

 えー? 次回も無意味な時間、確定じゃねえか。

「次回までに全二百七十二巻、読んでおいてください」

 ええええ⁉︎ 多いな。やだなあ。

「ほとんどが、主人公が思い悩むパートなので、そこは読み飛ばして結構です」

 またその手法かよ。

「では、本日の講義を終わります」

 講義が終わった・・・。よくわからないままに。放心状態でいると、友人が話しかけてきた。

「なあ、今の先生誰だったんだ? 俺たち教室間違えたみたいだぞ」

「ええ!? 最初に言えよ! ずっと意味不明な講義聞いちまったじゃねえか。え? 間違ってたの? じゃあ誰? あの人」

 わからん、と友人は困惑顔だった。

 しばらく後でわかったことだが、あんな妙な講義をする先生は、この大学にはいない、ということだった。あと、俺たち以外にも講義を聞いてる人はいたのだが、彼らとは、大学を卒業するまでまったく出会うことはなかった。そして、そもそも、俺は現代小説概論なんて講義はとってなかったし、大学に親しい友人もいなかった。

 俺が体験したことは、いったい何だったのだろう。でも、もらったプリントは手元にある。これだけが、講義があった唯一の証拠だ。俺は確かに講義を受けたのだ。しかし・・・。

 あれ以来、マヨネーズが怖い。

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マヨネーズ小説に関する講義 春雷 @syunrai3333

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