第9話 剣王 3-2

 初撃をはるかに上回る眩き光の柱に、燈は数秒間視界を奪われる。

 一度真っ白に塗られた世界だからこそ、次に現れた輝かんばかりの存在に、否応なしに視線が釘付けになってしまう。


「は! 二発か、醜悪な幻獣にしては粘ったものだな」



 ――隔絶した黄金だった。



 雑木林から姿を見せたのは、そうとしか表現できない森厳しんげんさを漂わせる一人の青年。

 まるで、そこだけ世界が切り取られたかのように神秘めいていて。

 その存在感があまりにも現実離れしているから、一瞬これは夢か幻なのだと思いかけた。

 金紗を溶かし込んだかのような、金色の髪と蒼穹の瞳。

 欧州の血を色濃く宿す相貌は、けれどそれ以前に同じ人間とは思えないほどに美しく、いっそ恐怖が沸き上がりそうになる。

 けれど実際に湧き上がるのはその真逆で、この青年に恭順し平伏したいという畏敬の念。

 ヴァルゼナードが持つ魔性のカリスマ、それと同系統の一種、洗脳じみた黄金のカリスマ性。

 鵺を一瞬で蒸発させた男は、蒼穹の瞳を燈に向けた。


「む、何だお前は。ここは危険だから帰……いや、待てこれは。ほうお前、面白い因果モノを持っているな」


 男は顎に手を当てると、興味深げに目を細めた。

 得体の知れない尊敬、内に生まれる感情を抑制して、警戒心を高める。

 刹那――燈の横を、颶風が駆け抜けた。

 風鳴りが無謬むびゅうなる殺意を乗せて、黄金の命へと手を伸ばす。

 いつの間にか手に握られてた天華の聖遺物、その切っ先が黄金を捉えていた。


「下がれ、枢摩!」


 言うが早いか、『いと貴き君主の死都』を発動させ祖なる吸血鬼ディープ・ブラッドと化した刀耶が、鮮血の武装を展開しながら続く。

 天華と刀耶、白兵戦を得意とする二人の魔人による息もかせぬ必殺の一撃。

 はなから意図していた訳ではないが、共通する一つの思考が二人を突き動かし、高い水準での連携を生み出してた。

 すなわち、目の前の男を一刻も早く倒す。

 理性よりも本能が鳴らす警鐘。

 なぜここにこの男がいるのか、異常事態の中心はこの男がなのか、そんな一切の疑問を瞬時に不要と切り捨てての先手。

 術者ではなく、戦士としての優れた嗅覚を持つ二人だからこそ、万分の一秒以下で導き出した答えだった。


「新人、お前はこっちです」

「うっ」


 燈は服を掴まれ、後ろに投げ飛ばされる。


「不敬千万、と言うやつだ。分をわきまえろ」


 必殺を期した二種の攻撃を、こともなげに黄金なる青年は捌く。

 宙を駆け抜け接近する鮮血の武具を徒手によって打ち落とし。青年は懐に踏み込むことによって、刀耶の持つ槍の間合いから外れ、さらには鳩尾に痛打を加えた。

 たった一撃によって地面から足が僅かに浮いた刀耶、青年はそのまま彼の服を掴み体を反転させる。

 刃を横に寝かせ首を狙う天華の刺突を、刀耶を間に滑り込ませることによって凌いだ。


「がっ」


 刀耶の腹部を貫く刃を、しかし天華は顔色一つ変えることなく振り抜き二の太刀に繋げた。


「ほう」


 仲間ごと切り裂いても止らぬ鋭き撃剣。

 常識では考えられない非情は、男の虚を突くことに成功する。

 しかし男も並みの戦士ではない。

 たかだか虚を突いた程度で殺せるような存在ならば、天華の嗅覚が警鐘を鳴らすことはないのだ。

 それを証明するように、男は近くに落ちていた木の枝を足で掬い上げると、そのまま手に掴み天華と鍔ぜりあった。


「まさかランスロットの真似をするはめになろうとはな。くは、存外悪くない!」


 光を纏う木の枝で天華の刀を弾くと、青年は短く笑った。


「マジかよ!」


 信じられぬ光景に目を見開いたのは、何も燈だけではなかったらしい。

 刀耶が、男の異質さに舌を巻く。

 見てみれば斬られたはずの腹部は既に再生していた。


「たかが木の棒で対抗しますか、聖遺物が泣きますね。まったく聞いていた以上です、あの王様」


 切り結ぶ二人を見て、雅の口から険の籠った声が漏れた。


「雅ちゃん先輩、あの人は……」

「名前だけなら、新人お前でも多分知っていますよ」

「……?」


 小首を傾げる燈を一瞥して、雅は口を開いた。


「今より昔、まだギリギリ神代が続いていた時代。数多の英雄を束ね、無数の侵略と厄災を退けてきた騎士たちの主にして、ブリテンの王――アーサー・ペンドラゴン、まごうことなき本物の英雄かいぶつですよ」

 

騎士王、キングアーサー、聖騎士、ブリテンの赤き守護竜の子、の王を示す呼び名は数あれど、神秘こちら側においてこれに勝る知名度はないだろう。

 

 ――剣王アーサー・ペンドラゴン。

 

 湖の乙女より授かりし、世界でもっとも有名な聖剣の担い手であり、その出自は神代最盛期を生きた、赤き竜に起因する生まれながら魔人である。

 アーサー王にまつわる伝説や逸話は、今もなお広く親しまれ、彼を題材にした創作物が数多く存在する。

 まさしく、世界でもっとも有名な英雄の一人であった。


「アーサー王……っ!」


 その名を反芻する。

 アーサー・ペンドラゴン、人類史において大きく名を残す大英雄。

 ああ、だが可笑しいだろう。

 なぜそんな人物が、今も生きている?

 詳しいわけではないが、燈だってアーサーの最後ぐらいは知っている。

 栄華を極めた騎士時代の終焉――カムランの丘。

 己が血を受け継いだ不義の子モルドレッドによって引き起こされた叛逆により、アーサーはその生涯を子と共に終えたはずだ。


「強いわね。これは出し惜しみなしかな~」


 天華はアーサーから距離を取り、燈たちの近くまで飛び退く。


「雅、刀耶、燈をよろしくね」


 天華の声がいつになく真剣なものだったから、燈は思考を中断せざるを得なかった。

 名を呼ばれたは二人は、天華の行動を察して頷く。


「トンズラしますよ、新人」

「え、でも天華さんが!」

「私たちがここいるほうが邪魔になるんですよ!」

「そういうこった、枢摩。悪いな楸さん、まかせたぜ」


 悔しいが燈よりもはるかに格上の二人が、自分たちを含め足手まといでしかないと言われれば、即座に従うしかなった。それに燈自身も、この場で一番のお荷物は自分だという自覚がある。

 だから急いでこの場から離れようとしたとき、黄金なる剣王より発生した魔力のうねりが、それを許さなかった。


理解境域ビナー――今では起動アインソフというのだったか、それを行う気だろう? 悪いが、そうはいかん。俺はそこの小僧に興味があるのでな」


 アーサーは天華の策を見抜き、先手を打つ。


「剣王の名において集え、我が円卓に名を刻みし騎士あほうども!」


 声を高らかに紡ぐは栄達えいたつを歩みし騎士たちを招く、召喚の詠唱。

 魔術的観点からみればいい加減もいいところだが、アーサーはそんなのに頓着する質でもなければ、その程度で失敗を犯すような愚図でもない。

 そしてまた、王の号令に答えぬものなど円卓にいるはずもはなく。

 虚空に現れた三本の聖剣。アロンダイト、ガラティーン、マルミアドワーズ、それを依り代として――古の時代の英雄は、現代に降臨する。


「召喚魔術!? それも過去の英雄を呼び寄せるなんて、いくら縁があるからといって過去の人物を呼び出すなんて、そんな出鱈目!」


 浮かぶ剣の前に出現した、甲冑を纏う三人の騎士。

 彼らを見て、雅が動揺を露わにする。


「ランスロット、ガウェイン、ユーウェイン、卿らに命ずる。そこな小僧以外の三人を足止めしろ」

「燈――っ!」


 命じるや否や、三騎士は剣を取り疾風を思わせる速度で動き出す。

 唯一天華のみがアーサーの動きを捉え動くが、既に遅かった。


「光栄に思え、お前はこっちだ」

「なっ!?」


 音を超える速度で四人の背後に回ったアーサーは、燈の襟首を掴みこの場を離れていく。

 有無を言わせずに、燈はアーサーに誘拐されてしまうのだった。

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