第6話 世界の裏側で 2-2


 ――格が違う。


 と、その男を一目見たときに燈は思い知らされた。

 ヒルメに連れられた場所は、戦旗日本支部、支部長室。

 その中にいた男と対峙したとき、燈の本能は強烈なまでにひれ伏したくなった。

 鬣を想起させる輝かんばかりの銀髪に、深淵めいた黄金の双眸。

 均整の取れた面貌は見るもの全てを破滅に導いてしまいそうな、妖しい美しさを内包していて。

 ただ視界に入れたそれだけで、ひれ伏してしまいたくなるほどの魔的なまでのカリスマ性。


 けれど、ああけれど、違う。

 燈が圧倒されたのは、外見なんて薄っぺらいものではない。

 存在密度とでもいうべきものが、この男は違いすぎるのだ。

 同じ次元に立っていながら、こうも根底から存在の違いを痛感させられるような人間がいるとは。

 いやそもそも人間、なのだろうか。

 神の設計と言われても納得できるほどの、ある種、超越者めいた空気を持っているから、燈は目の前の男が同じ人類という種とは到底思えなかった。


「――戦旗日本支部長、ヴァルゼナード・ハインリヒだ。お前のことは聞いている。ゆえ、こちらからいうことは一つだ。話せ、昨夜に起きたことの全てを」


 ヒルメを尊大というならば、このヴァルゼナードという男は傲慢の一言に尽きた。

 まるでそうするのが当たり前であるかのように、自然に人に命を下す。

 何よりも恐ろしいのは、そうされて当然であると、むしろ名誉であると、燈の本能が受け入れてしまっていることだろう。


「……っ」


 ヴァルゼナードの圧に呑まれまいと、意識をしっかりと持つ。

 言われた通り、昨夜の出来事の一切を語る。

 話を聞くヴァルゼナードは眉一つ動かすことなく、書類をさばきながら黙って聞いていた。


「なるほど、ご苦労。もう下がってよい」


 魂に響く強制命令。

 ただの言葉であるはずなのに、抗いがたい魔性を秘める声。

 燈はそれを堪える。


「聞きたいことがあります」


 ヴァルゼナードは一度、動かす手を止めて、黄昏色の瞳で燈を捉えた。

 ドキッと、まるで深淵に覗かれたような、そんな錯覚が燈を襲う。


「なんだ?」

「春陽ちゃんが助かるというのは本当ですか?」


 ここに来る直前のヒルメの言葉を思い出す。

 曰く、春陽はまだ完全には死んでおらず、その魂は未だ健在。

 であるのならば、心臓を抜かれ活動を停止した肉体うつわさへどうにかできれば、まだ可能性はあるらしい。


「お前の思い人たる女はもともと、とある男がある聖遺物を起動させるために用意した贄だ」


 意外なことに、ヴァルゼナードはすんなりと燈の疑問に答え始めた。

 ある男、そう言われて燈の脳裏に天子と呼ばれた男の姿が思い浮かんだ。


「そうだ、天子と呼ばれていたあの男だ」

「……っ」

「贄である女の魂はそのまま聖遺物に取り込まれ消滅し、目覚めた聖遺物は本来なら災厄を齎すはずだった」


 だがそうはならなかった、他ならぬ燈の存在によって。


「魂が消滅する前に、お前が適合した。あの女の魂ごとな」

「それって……」

「ああ、お前の中、より正確に言えばお前の適合した聖遺物の中にあの女の魂が保管されている」


 信じられなかった。

 けれどもし、今の話が本当ならば、ヒルメの言う通りに春陽を取り戻せる可能性があるということ。

 僅かな希望とともに、嬉しさがこみ上げた。


「……どうすれば、春陽ちゃんを」


 燈の自問の呟きは、ヴァルゼナードと二人きりのこの空間によく響いた。


「簡単だ。俺の役に立て。もとより聖遺物と適合し魔人となったお前に、他の道はない」


 椅子に背をもたれ足を組み、頬杖を突きながらヴァルゼナードは至極傲慢に言い放った。


「魔人に平穏などなく、また使えぬ道具に先はない。今日このときをもって、お前は俺の所有物であり、手駒の一つだ。そうして俺に使われている最中さなかにでも、蘇りの聖遺物を見つけ出せ」


 傲慢なる白銀の王が、そこに君臨していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る