第79話 ライセンス試験・前哨戦 Ⅰ

 コツコツと。


 やけにひんやりとした館内に滝沢さんの靴音が響く。


 まるで、処刑台へと向かってるような。

 そんな鬱蒼とした空気が僕らの間には流れていた。


 星宮さんの顔には。

 さっきまで楽しく食事してた人とは別人みたいに、緊張の色が浮かんでる。


 僕も似たような表情をしてるに違いない。


(いや。なに怖がってるんだ)


 ただ試験を受けるだけ。

 なにも命を奪われるわけじゃない。


 そう自分に言い聞かせるも・・・。


 どうしても星宮さんの言葉が引っかかる。

 

 〝ここ1年でライセンスを取得した探索者はゼロ〟


 そんなことってあるのかな?


 いくら受験者の数が減ってるって言っても。

 誰もライセンスを取得できてないってのは、さすがにおかしい気がした。


 そんなことを考えながら歩いてると。



 バンッ!



 いきなり館のドアが開け放たれる。


「えっ? 外に出ちゃうんですか?」


「はい。試験は探索者クランの外で行われます」


「へ、へぇ・・・」


 顔を引きつらせる星宮さん。

 完全にビビっちゃってる感じだ。


 まあけど。

 これはある程度予測できたことで。


 試験は講習とはぜんぜん違う。


 力を示さなくちゃいけないわけだし、館内でってわけにもいかないよね。




 ◇◇◇




 そのあとしばらく。


 滝沢さんの背中を追いながら、だだっ広い空間を歩いてると。


(あ)


 ちょうどフロアの真ん中に人影が見えてくる。


 間違いない、ユイさんだ。


 その凛とした立ち姿は講習の時とはまったく違って。


(ものすごいオーラ・・・)


 さっきはじめてユイさんを見た時と同じような圧を感じる。

 

 眼光は鋭く。

 まるで獲物を見定めるように、ユイさんは僕らがやって来るのを待ってた。


「(ねぇ、国崎っ。あれ、ホントにユイ? 雰囲気ヤバくないっ・・・?)」


「(僕もそれは思ったところです)」


 お互いに小声で話しながら。

 この段階になって、僕らはようやく理解する。


 厳しい試験官と・・・ユイさんが呼ばれていた意味を。






「星宮らむねさま、国崎優太さま。両名お連れしました」


「うん、ありがとう。あとはあたしが責任持って引き受けるよ」


「それではよろしくお願いします」


 引き渡しを終えると。

 改めて一礼してから、滝沢さんが去っていく。


 あとには僕と星宮さん、それとユイさんだけが残された。


「料理はどうだったかな?」


「えっ? あー・・・はいっ! す、すっごく美味しかったですよっ~?」


「ふふ。それはよかった」


 微笑むユイさんだけど。

 今は穏やかさは、まるで感じられない。


 内にとんでもない熱量を抱えたまま。

 平然を装って僕らに接している。

 

 それを感じ取ってるんだろう。


 星宮さんは、さっきよりもかなり萎縮してしまってた。


「講習の終わりにも話したと思うけど、午後は本試験となるから。ふたりともその認識で大丈夫?」


 ユイさんの言葉に。

 僕も星宮さんもゆっくり頷く。


「よろしい。あとこれは念のため確認するんだけど。ふたりとも、本当にこのまま試験を受けるってことでいいかい? もし体調が悪くなったり、自信がなくなったりで、今回は辞退したいってことなら・・・。今ならまだ引き返せるけど」


 まるで最終通告のように。

 僕たちにそれぞれ目を向けるユイさん。


 ――今ならまだ引き返せる。

 

 その言葉が不気味に宙で糸引くようで。


「・・・」


 星宮さんはぐっと息をのみ、なにか考え込むように黙り込む。


 でも。

 すぐに首を縦に動かした。


 それを見て、僕も同じように頷く。


「・・・そうか。わかったよ。ふたりとも、意志は固そうだね」

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