第71話 神鹿壬雲レキハ その1

 ちょっとだけ緊張しながら会釈すると。


 突然、女の子が「あーー!」って、びっくりするような大声を上げる。


「うそ! エデン!? エデンさんですよね!?」


「え? はい、そうですけど」


「やっぱそうじゃん! こんなところで会えるなんて♪ めっちゃラッキー☆」


「あの、僕のこと知ってるんですか?」


「はいっ! もちろんでーすっ! こんにちやっほーぉぉっ~♪ いつも配信見てますよ~!」


 すごいっ。


 まさか自分のことを知ってる子と会えるなんて。

 かなり驚きだ。


 手を合わせて、嬉しそうに飛び跳ねてくれていた。


(こんなに喜んでもらえて嬉しいな)


 女の子は、ミントグリーン色の髪をツインのお団子にして。

 スリムで洗練された鉄製のパワードスーツを身につけている。


 一方で僕はというと。

 残念ながら彼女に見覚えはなくて。


「ウチ! エデンさんの大ファンなんですっ☆ よかったら、握手してもらってもいいですか!?」


「僕なんかでよければぜひ」


 握手してくださいなんて、生まれてはじめて言われたなぁ。


 戸惑いつつも、女の子と手を握ってみる。


「うわぁ〜。一生手洗えないって♡ すごっ☆」


 握手ひとつでこんな大喜びしてくれて。

 こっちまで自然と笑顔になってくる。 


(僕のファン・・・ってことなんだよね) 


 なんか不思議。

 ほんのちょっと前まではこんなこと夢のような話だったのに。


 そこで。


 女の子が遠慮気味に訊ねてくる。


「あのー。神鹿しんろく壬雲みずのえぐもレキハって名前聞いて、なんか思い当たりませんか?」


「あっ」


 すぐにピンとくる。

 だってその人は――。


(僕の配信を最初から見てくれてた方だ)


 コメントを何度かもらってたはず。


「はぁ~よかったぁ♪ 認知してもらってて! で。ウチ、その神鹿壬雲レキハなんですよ~☆」


「ええっ!? そうなんですか!?」


「はーい♪」


 僕のことを知ってくれてただけでも驚きなのに。


(まさか、目の前の女の子があのレキハさんだったなんて)

 

 身内である紫月しづきを除けば。

 レキハさんは、はじめてのリスナーさんで。


(最近はほとんど見に来てもらえてなかったから。飽きちゃったのかなって思ってたんだけど)


 こうして直接お会いすることができたなんて。

 奇跡みたいだ。


 ちなみに。


 恥ずかしながら、〝神鹿壬雲〟ってなんて読むのかわからなかったから。

 レキハさんって。

 

(個人的にはそう呼んでたんだよね)




「ウチ。エデンさんが配信はじめたばっかの頃から見てるんですよ~☆」


「もちろん覚えてます。なんていうか、本当に感謝してます。レキハさんのおかげで、今日の配信もがんばろうって。毎回そう思えてました」


「とんでもないですよ~! ウチの方こそ、エデンさんの配信見て元気もらってたんですから♪」

 

 ん。

 でも、ちょっと待てよ。

 

 この部屋にやって来たってことは。

 レキハさんもライセンス試験を受けに来たってことで。


「あぁ・・・。レキハさんって、同業者だったんですね」


「そうなんですよっ! 実はウチ。ダンチューバーなんです~♪ まっ。と言ってもこの会場までやって来たわけだから。そりゃそうだろぉーって感じでしょうけどね~」


「いえ。かなり驚きです」


 はじめて僕のことを知ってるリスナーさんとお会いすることができて。

 しかも、その人は同業者だった。


 こんな偶然あるんだな。


「最近よぉ~やくチャンネル登録者数が1000人越えて。んで今回、試験を受けてみようって思ったんですよー☆」


「地下29階にも到達したんですね」


「そうです! けっこうキツかったですけど。なんとかーって感じで♪」


 陽子さんによれば。

 深層階まで到達できる探索者は、最近じゃほとんどいなくなったって話で。


 レキハさんって。

 かなりすごい人なのかも。


「えっと・・・。たしかガチ勢とか言うんでしたっけ? レキハさんもそれなんですか?」


「? なんですーそれ?」


「いえ。僕もあまり詳しくは知らないんですけど。なんか冥層階を目指す探索者の方たちをそう呼んでるみたいで」


「ウチはそーゆうんじゃないでーす。昔からダンチューバーの配信を見るのが好きで。高校生になったら、いつか自分もダンジョンにチャレンジしてみたいなってずーっと思ってて。で。やるからには自分がどこまでできるか試したいじゃないですか~♪」


「なるほど」


「今回、ライセンスを取ろうって思ったのも。それがないと地下29階より下には降りられないってわかったからで! 自分の実力を試したいんですっ! まあそういう意味じゃ、たしかにそのガチ勢って言えるかもですけど♪」


 そっか。

 レキハさんがダンジョンに潜るのは、そういう理由からなんだ。


(純粋な好奇心って言えばいいのかな?)


 僕や陽子さんともまた違った動機で。


 ダンチューバーもいろいろな事情があって。

 ダンジョン配信してるんだって、改めて気づかされたな。

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