第58話 キレキレSide その3
「え、逮捕?」
「クランの規定にもこんな力使っていいなんてこと一文字も書かれてないんでね。逮捕だよ逮捕。これ、れっきと犯罪だから」
「そうだったんですか?」
「そうだったんですかじゃねーだろが。いかさまだってこんなん。てめえのせいでほかの探索者が迷惑するの!」
たかしが口にすることはほとんどが出まかせだ。
もちろん、クランの規定など一度も読んだことがない。
ただ口だけは上手いので。
これまでにも何人か私人逮捕するさまを配信し、警察に突き出してきたという経験がある。
目立てればなんでもいいのだ。
それによって、自分の信者が増えればそれでいい。
他人がどうなろうが知ったことではない。
すべて自分のため。
そんなあまりにも自己中心的な考え持つ男――それが田中たかしだった。
「おい、見てんだろ? エデンはとんでもねぇいんちき野郎だ。こんなヤツの配信、ありがたがって見る必要あんの? お前らみたいな思考停止したダンカスまじ終わってんぞ? 少しは自分で考える力持てって」
通路に浮かぶ小型ドローンに向かって口火を切ると。
たかしはエデンの腕を強く掴む。
「てめえもうオレに現行犯逮捕されてんだよ。一緒に来てもらうぞ」
「えっと、地上に戻るんでしょうか?」
「はぁ? 当たり前っしょ。てめえみてぇな、いかさまして楽しんでるようなクズは少年院にぶち込んでやる。高1で前科あり。当然ダンジョンはもう入れないよなぁ~? 妹のためとかダサッw 完全終了ぉぉっ~~! 人生詰んだな、ハハッ!」
強引に腕を引き、その場から連れて行こうとするたかしだったが。
「あ」
そこでエデンがなにかに気づく。
「待ってください。今、ジェムが反応して」
「あん?」
「偶然なんですけど、今変えたこのジェム。
「はいはい嘘松確定ー。んなジェムがあるなんて、聞いたことねぇーんだわ。国崎君、あんた嘘下手すぎ」
「いえ。実は前回もこのジェムで徘徊種を見つけまして」
「ハッ。んなクソみてーな嘘で逃げようたってそうはいかねぇ? なおさら、てめえは警察に引き渡さなくちゃ気が済まなくなったわ。ほら、いいから来いよ」
これまでも。
なんとか言い逃れして、見逃してもらおうとする探索者をたかしは見てきた。
そういった者がたどる運命はほとんどが同じだ。
非難されるか炎上するかして、即引退。
表舞台からあっという間に姿を消してしまう。
私人逮捕されたという予期せぬ出来事に。
醜態も絶賛配信中という現実が頭からすっぽり抜け落ちてしまっていることが原因に違いない、とたかしは思う。
(徘徊種だって? くくっ、笑えるねえ。運よくこのタイミングで出るわけねぇーだろ、んなもん)
浅層階に徘徊種と呼ばれる強敵が出現することがあるという話は、もちろんたかしも知っていた。
けれど、その可能性は極めて低い。
現に2年以上ダンジョンに潜ってきたたかしだったが、これまで遭遇したことは一度もなかった。
ましてや、配信中に徘徊種が映り込んだなどという報告も聞いたことがない。
それだけ稀で。
実際、都市伝説の域を出ない噂にすぎないのだ。
(ふたつ先のフロアね)
ボディコンソールに表示されたマップから、赤魔法陣の位置を確認すると。
たかしはエデンの腕を引っぱって歩きはじめる。
早いところ地上へ上がってしまおう。
それで警察に引き渡し、今日はおしまいだ。
(案外、収穫あったぞ)
エデンの配信を邪魔できたことに対して、たかしは一定の手応えを感じていた。
今ならわかる。
どうしてエデンのチャンネル登録者数が爆増したのか。
透明になったり、ジェムを書き換えたり。
そんな芸当ができるダンチューバーはひとりとして存在しないからだ。
放っておけば、すぐにでも日本全国にその名が轟いていたことだろう。
ダンチューバーの歴史を塗り替えるトップ配信者になっていたに違いない。
(けど残念だったな。オレに目をつけられたのが運の尽き)
今回の騒動でエデンの信用は地に落ちる。
代わりに自分の名が売れ、新たなファン層を獲得できるに違いない、とたかしはニヤけた。
リスナーなんて単純で、結局人の不幸が楽しいのだ。
自分はそのショーを提供しているだけ。
それによって収益を得ることは、当然の対価だとたかしは考えていた。
(そこの角を右に曲がったらすぐだ)
観念したのか。
抵抗する様子のないエデンの腕を掴みながら、ずんずんと通路を進むたかし。
だが。
「っ、んだよ。急に止まんな」
「すみません。やっぱり、この先のフロアに徘徊種がいるみたいで」
「おいお~い。まだ言ってくれちゃってんのぉ? んなもんいるわけ――」
たかしが言いかけたその刹那。
「キュアアアアアアーーー!!」
鋭い咆哮と地響きがあたり一帯に響き渡る。
たかしは思わず目を疑った。
(なにぃぃ!?)
なぜなら。
とあるエネミーが通路から首を出して姿を覗かせていたからだ。
並みの敵じゃない。
その巨大なフォルムを見て、たかしはふたたび尻もちをついてしまう。
「う、うそぉ・・・」
「キィイィキィイィ!!」
ノシッ、ノシッと。
どでかい図体を揺らしながら、徘徊種――
驚きのあまり、たかしの体はガクガクと震え。
その場から一歩も動けなくなってしまっていた。
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