第56話 キレキレSide その1

「ふふふ」


 地下9階の通路では、ほくそ笑んで歩く若者の姿。


(いやぁ~。気持ちいいもんだねぇ~)


 マヒト総長――こと、田中たかし。


 かつて〝キレキレ〟の名でダンチューバーとして活躍。

 

 レッドオーシャンと化した配信者界隈で生き残るために彼が考えたこと。

 それは、迷惑行為を繰り返して売名するという戦略だった。


 性格に合っていたのだ。


 少しでもバズったダンチューバーの配信にいきなり乱入し、邪魔をしてリスナーを湧かせる。

  

 一部の熱狂的なファンに支持されたたかしは、瞬く間に30万人のチャンネル登録者を抱えることになる。


 だが、当然ツケもまわってきて。


 熱狂的なファンも生み出したが、同時に多くのアンチも誕生させた。


 過激な振舞いは、自らの首を絞める結果となり。

 探索者クラン、配信プラットフォームの双方から弾かれることになる。


 現在、たかしの主戦場はエックスなどのSNSだ。


 そこにいかに人を呼び込み、インプレッション数等で収益を得るか。


 ダンチューバーを辞めた今でも。

 やっていることは基本的に変わっていない。


 中でも新人潰しは、たかしの十八番おはこだった。

 趣味と言ってもいい。


 リスナーの中には、これが好物な者がいることをたかしは知っている。 

 もちろん、自分でやっていて気持ちいいからやっているわけだが。


(べつに死んだりしねぇーよ)


 探索者がダンジョンに潜ってから12時間経っても出てこない場合。

 小型基地局から救難信号がクランへと発せられる。

 

 あの場所に留まっていれば、そのうち救助隊が来るはずだ、とたかしは思う。


 相手の鼻をへし折ること。

 それがたかしの目的だ。


 その意味では、たかしの目的はほとんど達せられたと言える。


(無様な姿をさらけ出して、リスナーも大きく離れるだろうなぁ~。ハハッ)


 あわよくば。

 今回の配信を見てファンになった新規が自分の信者となるかもしれない。


 これもまた、たかしの目論見だった。




 ◇◇◇




 エデンの存在を知ったのはつい昨日のこと。


 一桁だったチャンネル登録者数をたった数日で1000人まで伸ばしたダンチューバーとして話題に挙がっていたのだ。


 これまでも。

 配信がバズって登録者数が一気に伸びる者を見てきたたかしだったが。


 この短期間で1000人まで到達した者は前例がなく、エデンがはじめてだった。


(けどまあ、大したヤツじゃなかったね)


 リアルでは冴えないよくいるタイプのダンチューバーだ。


(なんであんな野郎が祝言亭しゅうげんてい八咫烏やたがらすワデアとコラボできたのか謎だわ)


 配信自体は一切見てないが。

 界隈ではそのことが話題となっていた。


 ただこれで。

 人気は一過性のものに過ぎず、自分が勘違いしていたことに気づくに違いない、とたかしは思う。


(ざまぁねぇーな、国崎君。ハハッ!)


 新人の芽を摘むこと。

 これこそがたかしにとって至高の喜びだった。 


「さてとぉ。適当なとこで引き上げるかな~」


 赤魔法陣を踏んで、地上へ戻ろうとするたかし。


 しかし。

 そのとき、視界にあるものが横切る。


(?)


 それは小型ドローンだった。


 続けて。


「あれ? 総長さん?」


 聞き覚えのある声が無人の通路から小さく聞えてくる。


(ッ!?)


 一瞬にして背筋が凍りつく。

 どこかゾッとしながら、あたりを見渡すも。


(い、いない?)


 当然だ。

 この階にいるはずがない。


 たかしの策略にハメられて、エデンは地下8階に取り残されたまま。


 そのはずなのだが――。




「あ、こっちです」


 今度ははっきりと聞えた。

 しかも、ほとんど背後で。


 この階にいるはずのない男の影に、さすがのたかしも驚きを隠せない。


 無人の空間から声だけが聞えてくる。


 一瞬、幻聴かと思うたかしだったが・・・。

 どうやらそういうわけでもないらしい。


 次の瞬間。

 目の前で起こった出来事を見て、たかしは唖然とした。


「なっ!?」



 ジャァァァン!



 誰もいるはずのない空間から人がポッと姿を現したのだから。

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