追憶ダンス

綺羅は見よう見まねで剣を振ったが、自分で剣を振ったというより全身が剣に振り回されているようだ。その日の夜、悔しくて眠れなかった綺羅はいつものように部屋から抜け出した。それから柵沿いの木の影に隠れて練習を続けた。施設の管理も大概甘い。まぁ、それもそのはず──


「皆、“いい子“だからな…」


2・3部屋明かりのついた施設の建物を眺めてぼそっと呟くと、まさか、返事が返ってきた。


「ふーん、皆ってどんな奴らなんだ?」


「へぁ!?」


綺羅は奇声をあげて尻もちをついた。


「昼、少ししか話せなかっただろ?僕はランドリュー・ソウトリア・キラン。ランドリュー家の一人息子。母様はもう死んでて、父様は全然帰ってこないから実質家族は居ないようなものかな。それで?孤児院というかなり恵まれた環境下にいるのにもかかわらず、規則に従わない君の話も聞かせてよ」


「…お前、やな奴だな。」


「僕からしたら君の方が嫌な奴だ」


少しの沈黙の後、綺羅は草むらにばっと寝転び星空を見上げた。「坊ちゃんの戯言に、これ以上付き合う必要はない」そう思っていたはすなのに、今日は何となく、吐き出したい気分だったらしい。


「ただ、俺が皆と違うだけ、世話になってる施設を敬わないバカってことだよ」


「敬わない…か。僕と正反対だね、僕は父様を敬いすぎてる」


敬う、それを聞いて綺羅は訝しげに眉をひそめた。


「…お前が剣を振るのはその“父様“のせいなのか?」


「…………さぁね。それじゃ、君が馬鹿なのはなんでだ?」


ランドリューは挑発的に綺羅に問いかけた。「どうせ答えられないんだろ?」そう目が訴えている。しかし、綺羅は「答えられないとでも?」と呟いた。彼には元より失う物が無かったから。


「俺は、少し前までメーネに居たんだ。坊ちゃんは知らないだろうが、エクメーネの人間様方とは違ってあそこに存在が許されるのはゴミだけだ。だから、“愛“とかいう訳の分からないものに縋りたくない。」


「訳が分からなくても、渡されたものは素直に受け取るのが道理じゃないか。君は馬鹿なのか?」


「だからバカだって言ったろ。知ってんだ、この施設には15歳までしか居られない。つまり施設がくれる愛には上限があるってことだ。そんな泡沫の関係が、俺にはどうしても嘘っぽく見えちまう」


「だから、そんな集団の中には居たくないと。君はとことん僕と反対だな……」


綺羅に話すよう舞台を整えられた。彼の視線と少し笑った口元はあからさまにランドリューを挑発している。ランドリューは諦めたようにため息をつく。


「しょうがない、僕も話すよ。君は貴族様を笑いたいんだろうけど、ランドリュー家にはよくある貴族の面白エピソードなんてものはないよ」


「そんなの知ってる、当主様が家をすっぽかして従者と子供だけ残して“何かしてる“って噂はよく聞くぜ」


「それも含め、だね。ここは代々、騎士家系として繁栄してきた。なのに父様が騎士じゃない上、従者の変死が相次いでいる。正直不気味、逃げ出したいくらいだ」


「でもお前は逃げ出さない、なぜなら──」


「僕が父様に認められたいから。…いつの日か、言われたんだ「剣術と能力を鍛えておけ」って。それ以来言われた通りのメニューを繰り返して今日に至る。その間、父様が会いに来たのは3回、全て僕に対する叱責か無関心な対応しかしてくれなかった」


ないものねだりだ、と互いに思う。綺羅は最低限の命の保証がある環境で、束縛されずに自由に生きたい。それに対し、ランドリューは貴族の立場を放り捨て、無償の愛を受けて生きたいと思っている。


実際、相手の立場になれば考えも変わるのだろう。それも理解している。でも、それでも、『こいつが羨ましくてしょうがない』


「そういえば、君の名前は?」


「無い。」


「困るな…」


「ならミデンとでも呼んでくれ。何も無いって意味のミデン。わかりやすくて良いだろ。お前は…えと……ラン…ソ……」


「ランドリュー・ソウトリア・キランだ」


ミデンは遠くを見つめた。空を見て、横を見て、地面を見つめ、頷いた。


「………わかった。ソウでいいな。俺はお前をソウって呼ぶ事にした」


「貴族の名前をっ…ミデン、君なぁ……」


──────────────────────




「……っは!」


蒼が目を開けるとDripsの崩壊しかけの天井が瞳に映る。ここが記憶の中なのか判断できずに呆然と天井を眺めてが、作業机の上で赤い石を整備している綺羅を見つけて現実に帰ってきたのだと分かった。


整備の補助をしていた真矢が蒼の体を起こした音を聞き、綺羅の肩を軽く2回叩いた。


「ん?…あー蒼も起きたのか。蒼!俺視点とはいえ、過去の記録を無理矢理脳にはめ込んだんだ。疲れてなくても休んどけな」


「…綺羅、聞いてもいいか」


蒼は寝起きもあってか低いトーンで言った


「あの小さいのが俺と綺羅か?」


「そうよ」


一瞬、綺羅の気が狂ったのかと思った。しかし、この声は気の狂った綺羅ではなく、真矢から発せられたものだった。


「孤児院の子が綺羅くんで、お坊ちゃんの方が蒼だったってことらしいわね。」


「マリュー、そもそも不確定要素が多いんだ。急いで蒼がパンクしたら俺らが困るんだよ」


「不確定要素が何?物事ってのは分からないことから始まるの。何が「1歩踏み出せ」よ。失敗しようが進まないことには何も始まらないわよ」


真矢は頭にブーメランが刺さりながらも自信ありげに言った。


「それ俺が言ったことだろ。それに本来、記憶の欠片は扉を開けるための鍵みたいなもんだ。そんで、今してんのは鍵穴に直接鉄を流し込んで無理矢理スペアの鍵を作ろうとしてる状態。下手したら扉は二度と開かない。…色々と特殊なお前らだから出来る荒業だ、 間違っても他にはこんなことすんなよ」


やけに流暢に話す綺羅に2人は凄んだ。いつも馬鹿っぽい奴が急に真剣になると、なんとなく威力があるものだ。

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