ジンバック

驚いて放心している真矢を見て、蒼は息を飲み、“それ“が本物なのをひしひしと感じた。


「過去を知ればお前らはきっとそれに囚われ続ける。でも、ままチマチマ記憶を集めても現状は変わらない、どのみち停滞だ。どんな未来を掴み取るのかは、自分らで決めなきゃいけない」


「……停滞は停滞でも、俺は挑戦する停滞を選びたい。…でも綺羅、記憶を取り戻したとして、何の進展もなかったら……その時はどうする」


蒼の不安を隠せない瞳に見つめられた綺羅はため息をついた。それから蒼の長い髪に剣先を当てる。


綺羅が思いっきり手を引くと、良く整った蒼の髪は飛び立つ鳥が落としていく羽のように一斉に地面に落ちていく。そして綺羅が言う


「たった一歩踏み出しただけで大きな進展なんかあるわけないだろ。物事ってのはそう簡単に進んでくれないんだよ、馬鹿が。進んだ先が泥沼だったとして、踏み出しすらしない奴は気づかない内にゆっくりと沼に侵食される。でも1歩ずつでも石を積み重ねてやれば、泥沼には橋がかかる。そんで俺は…お前らの泥沼に橋をかけてやりたい」


綺羅の勢いに押されて蒼が覚悟を決めた瞬間、目の前にパラパラと細い糸が降ってきた。それは先程綺羅に切られた蒼の髪の毛だった。束になった髪の毛は綺羅の顔面にクリーンヒットしている。


髪を掴んで放り投げたのは真矢だった。真矢は涙でぐちゃぐちゃの顔で必死に叫んだ。


「未来を!自分で選択出来るはずないでしょ……っそれが出来たらこんなことになってないのよ!!私はもう、泥沼の未来を歩みたくない。私はもう足掻きたくない、足掻いて苦しむくらいなら知らずに溺れた方がまだマシ!もう私は疲れたの……」


「それでも、泥沼に落とした宝物は泥にまみれた者にしか取り戻せない」


綺羅は言い捨てた。真矢が息を詰まらせ、地面をぎゅつと握りしめる。


「…っは、綺麗事とか、大嫌いなんだけど」


「それでもマリューは俺の手を取るよ」


Dripsに沈黙が流れた。空気が乾燥して、息をするのも重苦しいほどだ


「そんで?俺の記憶はどう取り戻せばいいんだ?」


沈黙を破ったのは蒼だった。平然と見つれられた綺羅はもはや対応せざるを得なかった


「今、蒼がこの記憶の欠片…欠片って言っていいのか分かんねぇなこれ、記憶の水晶とでも言っとくか。とにかくこれを一気に取り込むと廃人ルートは避けられない」


結局手詰まりじゃないか、と真矢はそう思った。ニーナちゃんを取り戻せるみたいにほのめかしといて考えなしで無鉄砲、結局こうなるんだ。希望なんて、私には眩しすぎる──


「それで?対応策は何なんだ」


間髪入れずに質問したのは蒼だった。綺羅は自慢げに真矢に目配せをする


「まず、“俺の記憶“をお前らに見せる。その為の装置はこれだ。2人共、この指輪を付けてくれ」


そう言って綺羅は赤い石がはめ込まれた指輪を取り出した。真矢と蒼が指輪をはめると綺羅の首輪が赤く光った。綺羅は首輪を指さして言う


「こっからは俺の知ってるお前らの記憶しか渡せない、つまり俺主観の記憶だ。お前らは“見てるだけ“そこだけ理解しとけ、呑まれないようにな」


「さっさとやって」


真矢が綺羅を見ずに言う。蒼を見ると、もはや笑みを浮かべていた。こっちはもう決心がついたようだ


「…俺らもう戦友だろ?こんなんちゃっちゃと片付けようぜ…ってね」


綺羅が親指で首を切る動きをした。すると首に一筋の傷が出来ており、血が滴って首輪に触れた。その直後、3人が見てる景色は全く同じものとなった


───────────────────


柵越しに隣の豪邸を眺めていると誰か近ずいて来る。逃げようとした足が動かない事に気づいた真矢は、本当に他人の過去を追体験している事実を現実として捉え直した。


蒼はその光景に既視感を感じていた。あの独特な門、素振りの稽古をしている少年。その少年の髪は後ろで結っていて、自分の結び方とよく似た几帳面さが見て取れる。目の前まで来たその少年は訝しげに顔を覗き込んできた。


「君、剣に興味あるの?」


「っそれ!剣っていうのか!?それ、俺にも教えてくれよ!施設の奴らは良い奴らなんだけど、俺は!っ……その…」


綺羅は勢い良く、柵から飛び出しそうな勢いで「剣」の話に食いついたが、相手の迷惑を考えていなかった事と施設を悪く言ってしまいそうになった罪悪感で言葉を詰まらせた。


「…いいよ、教えてあげる。ほら、とりあえずこの木剣あげるから、僕の真似して」


柵の隙間から木剣を投げた少年は元の場所まで戻り、再び素振りの練習を再開させた

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