裏切り

「今どこいる?ニーナちゃん見て…な……い…」


Dripsの扉から焦った様子で入って来た真矢は騒然とした店内を見て固まった。元から物は乱雑に置かれて資料という名のゴミが散らばる、とても綺麗とは言えない内装だったがもはやその面影すらない。


焼け焦げた店内はまだ煙臭く、壁には切りつけたような跡と大きなひび割れが残っている。激しい戦闘の跡だ、それもまだ新しい。椅子やコーヒーミルといった生活用品すらボロボロで、ここから立て直すのにまた長い時間がかかりそうだとぼんやり思っていると、瓦礫が少し動いた。


真矢はバッと瓦礫を退かし、綺羅を発見した。だがその傷まみれの様子を見て、一抹の不安を覚える。綺羅はヒューヒューと掠れた息をさせながらカウンターを指さす。


「俺っ……より…………あっち…頼む……」


真矢は綺羅に少し強めの治癒を施し、カウンターへ向き直る。「そんなはずない、そんなはずない、そんなはずない」と念じながら走ってカウンターに向かう。やけにうるさい心臓を抑えて、カウンターにいる“誰か“を探す。


この時ほど自分の散らかし癖を恨んだことは無い。色々な物を退けてやっと見つけたのは見ていられない程にボロボロな蒼だった。それを見て安心と共に何かがフラッシュバックする感覚に陥ったが、それが何なのかは分からず、ただ不快感に襲われた。


体の大部分を占める火傷跡と数え切れないほどのの切り傷、よく見ると少しえぐれたような部分さえある。まるでボロ雑巾のような今の蒼は、ブランカの力で無理やり生かされている状態だ。


「……治しきれない」


ここまで損傷が激しいと真矢の治癒は効果がない。となると手段は1つ


「っ綺羅くん!も…」


「もう動ける!転移で避難しとくから、絶対蒼のこと治せよ、マリュー」


瞬間的に真矢の意図を読み取った綺羅は足早に転移の門を閉じた。それと同時に真矢は両手で3角の形を作り、その中心に力を込める。蒼に向けられた手は少しだけ震えていたが、標準を定める毎にその震えは収まっていった。


範囲縮小、範囲縮小、なるべく…小さく……


手に集まった光がどんどん小さくなり、真矢は蒼に向けて過剰治癒を放った。その一瞬、安心して少しだけ気を抜いてしまった。時は無常にその隙を見逃さない。


凝縮された過剰治癒はDripsの半径1km程度を消し飛ばす威力を持ち始めていた。それを真矢は肥大化して割れる直前の風船の如き状態で手放した。


「いつもの街」が真矢によって半壊されようとしていたその時、目の前のボロ雑巾がぐっと手を握りしめた。すると過剰治癒が着地する寸前で収縮し、全ての衝撃を蒼が受け止めた。


「………お前のせいで多くの犠牲者が出るところだった。俺らと違って人間は死ぬってことも忘れたか?」


「…っそんな事より!ニーナちゃんをどこにやったの?Dripsに居るはずが、何で……」


混乱して正常な判断を下せずにいる真矢に、蒼は極めて冷静に言い捨てる


「結宮葵は俺らを裏切った」


「そうだ。葵は元々協力する気なんて無かったらしい。あれはずっとヴィズの側についてる」


綺羅はいつの間にか店内に戻ってきていて、後ろから付け足した


「葵の戦闘スキルは流石って感じで凄まじかったぞ。本気の葵とは初めて戦ったけど、即発動するスモークに遅延性の発火物資…しまいには戦闘不能状態の蒼を盾に使うんだぞ?あれ人間性終わってるよな……俺たちも大事にしてくれって伝えてくれ、マリュー」


と、真矢に目を向けると、こめかみに人差し指を突きつけてちょうど何かを放とうとしている瞬間だった。気づいた頃には指からの衝撃で真矢の頭は反動で横に振れ、体ごと床に倒れる。


隣に居た蒼はまだ回復してから時間が経っていないからか軽い放心状態で、綺羅はやっと自分がほぼ独り言を話していたことに気がつく。そしてこの支離滅裂な光景は自分にはどうすることもできないと悟り、ひとまず寝ることにした。


「(明日の自分に託そう、きっと何とかなる、綺羅お前ならやれる、俺も疲れてんだ、今は寝ようぜ、そうだそれがいいそうしよう)」


そうして10日が経ったあと、綺羅は若干予定の遅れを感じつつ2人がいつもの様子に戻ったことをひとまず喜ぶ事にした。やった会話が可能だ、嬉しい


正直、綺羅の時間感覚は一般人と大して変わらない。10日は普通に長い。でもその長い時間、わざわざDripsに寝泊まりして2人を待ったのには理由がある。意思がはっきりしている2人にある結論を早く出して欲しかったからだ


「一応4日前にも話したけど、2人が相手にしなかったせいでまーた説明する羽目になったゼロ番こと綺羅くんですが、俺に何か言うことはありませ……イッッダア!」


真矢がバインダーで綺羅を殴り、同時に蒼が綺羅の脇腹に蹴りを入れた


「ごめんやめろ俺普通に死ぬから、あとこれでも疲れてるから、労れよ、もっと俺を労れよ!」


早口でそう言った綺羅はため息をつき、姿勢を整えてから整然と話し出す


「あ゙ークソっ、本題から入るぞ。俺は、お前らには記憶を少しでも多く取り戻して欲しいと思ってる。…………そんで、記憶の欠片の本体が今ここにある。」


綺羅が取り出したのは水晶のような玉と、正方形の宝石のようなものだった。どちらも少し欠けているが、わざと切り出したようにも見える。


「なんで綺羅がそんなもん持ってんだ」


「結宮から盗ったんだよ。蒼が気絶してる間、俺1人でな」


あの状況で綺羅がやけに威勢よかったのはそのせいか、と蒼は納得した。それはそれとして完全に囮として使ったらしいのは許さない


「あっそ」


「なぁ、お前から聞いだんだよな?!なんだよその冷たい対応は??」


そうこうしてる間、じっと水晶を眺めていた真矢がふと何かを思いついたようで自室に駆けていく。真矢は部屋から記憶の欠片を持ってきて、それを丸い水晶に当てはめた。すると欠片と水晶の断面はピッタリと合わさった。


「………私の……記憶だ…」

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