言えない秘密

真矢が振り向く


「ニーナちゃん、何か言った?」


「ううん、何も。それよりあれ止めないと店内壊されそうだけど良さそう?」


真矢が横目で“あれ“をみると、綺羅と蒼は互いに剣を向けあっている様子が目に入る。先程と似たような状況だが、真矢は綺羅のように止めようなんて思わなかった。仕方がない、面倒なものは面倒なのだ。


「綺羅…くん。久しぶりの喧嘩なら広々とした所でやるのが1番でしょ?転移でどっか飛んで適当な所で戦っておいで」


綺羅はキョトンとした直後、にやっと笑った。突進してくる蒼を転移させて「そっすね」と軽く返事をすると期待に満ちた少年の顔をする。


しかしその直後、何か引っかかる事があるようで「あ、いや…でも……」と天井向けて独り言を呟き出した。


「…ま、いいか。蒼、行くぞ」


綺羅はドタバタと自室から駆け下りてきた蒼の目の前に転移空間を作り、そのまま2人は勢いよくどこかへ消えていった


うるさいのと鬱陶しいのが居なくなって、真矢は心地よく息を吐く。


「ニーナちゃん。実は残ってる依頼があるの、ちょっと手伝って。……えっと確か、この辺にあったはずなんだけど」


地面におちている書類の山から何かを探す真矢を見て、結宮もそのゴミ山に手を入れた。すると直ぐに3枚ほどの紙を掴み、その内の1枚をピッと上げた。


「依頼ってこれ?」


『██王の暗殺』


「それそれ、ありがと」


真矢が受け取ろうとすると結宮は紙を握る手に力を込めた。肩も震えていて、怖がっているように見える。暗殺なんて無縁な世界で生きていた結宮には刺激が強かったのかもしれない。


もしかしたら泣いているんじゃないか、そう不安に思ったが真矢が顔を覗き込む寸前、結宮はぱっと笑顔になった


「で、この王様はどこに?」


「あっと………正確な位置は分からない。でも…」


真矢が店の扉を開けると、目の前には大きな壁が広がっていた。これは城の壁だ


「この店、いつからか分からないけど扉が空間を繋ぐようになったの。このワープ条件は2つ。まず、依頼と相応の報酬を持った人がDripsを求めている時、それと私達が依頼をこなす時ね」


「ふーん」と言いながら結宮は店から足を踏み出した。そして、知らない空を眺めながら言う


「それで、今回は後者って訳。説明ありがと、真矢。急に街の景色じゃなくなったから驚いちゃったよ」


結宮は真矢の手を引いたが、その手は何故か動いてくれなかった。下を向いた真矢は、握られた手に少し力を込めながら言う。


「あと、この際だから言っておきたい事があるの……」


真矢も店を出て、知らない空の下を歩き出した。出てきた扉が後ろの扉になった時、静かに閉じて佇んだ。後ろの扉が閉まると真矢はいつもの調子で話し出す。


「私達……私と蒼はあの街から出られないの。霧に遮られて外に行けない、でもこういう依頼の時だけ外の世界を見られる。不死と記憶消失の関係性の他に、私はこの現象も解明したいと思ってるの。」


「手伝って欲しいって話なら、もちろん手伝う。真矢の頼みなら何でもするよ」


それを聞いて真矢は必死になって付け足した。


「…っあと!私が覚えてる記憶はニーナちゃんと過ごした時間と、何でも屋として初めて依頼を受けた日から今までの記憶。実はそれの他に断片的だけど誰にも言ってない記憶があるの!これは記憶の欠片を使ったんじゃなくて元々覚え」


結宮はぎょっとした。どんどんと先へ進み、自分を追い越した真矢の手を引き寄せ、歩みを止めさせて言う。


「ちょっ!真矢ストップ!!なになに急に。大丈夫だからその話は終わ…」


「 大丈夫じゃない! 」


真矢は下を向きながら怒鳴った。そして、広すぎる敷地の静寂にかき消されないよう、必死に声を絞り出す


「……大丈夫じゃないよ…。ニーナちゃん、ずっと無理してるでしょ。何年一緒に居たと思ってるの?分からない訳ないでしょ。」


真矢は繋いだ手を離して後ろを向く。視界に入った結宮はたった数秒後に見えなくなった。なぜなら結宮は今、真矢の腕の中に居るからだ。


「私の隠し事はこれでおしまい、だから何でも言って。嫌な事、辛い事、私が傷つく事でも何でも、私だってそれを受け入れるくらいは出来るつもりなの。実は私って結構強いんだから、もっと頼って。」


抱きしめられた結宮はしばらく呆然としていた。それから真矢の背中を掴んで言う


「……確かに私は真矢に隠してることあるし、結構それがキツかったりするんだけどさ。…でも、ごめん、今はまだ話せない。その代わりって言うか、1つわがまま言っていい?」


「いいよ」


「今回の暗殺依頼、出来れば遠くからの記録とるのとかやらせて。正直、人殺しはまだ怖い。」


言い終わった結宮はきまりが悪そうに「あー…ははっ」と笑う


「脅す真似までして“人殺しに協力してくれ“とか言った人間が本当に自分勝手なんだけどさ…」


「いいの、気にしないで。ただ今度からはもっと早く言ってよね」


真矢は抱きしめた結宮から手を離した


「じゃあパパッと終わらせてくるから、ここで待ってて」


結宮は水泡に乗って飛んでいく真矢を見送ろうとしたが、言葉が先走った


「真矢、待って……」

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