君たちの回答

ボロボロの店内に残された蒼と真矢は1つの事実に気がついていた。


「まず、書類をまとめるのが先決ね…」


昼頃に飲んだ自白剤の副作用だ


「……………」


蒼は黙って落ちた書類達を拾い上げる。真矢はその中に紛れ込んだ数枚の報告書を見て言う。


「あっ、私のやつはここに置いといて」


2人は黙々と作業を始め、報告書が凄いスピードで書き上がっていく。だがそれらは数分後、その辺に転がるゴミに成り下がる。


いつもなら色々あった事について軽い討論でもをしていたであろう2人が黙って作業するのには理由がある。それは自白剤としては大変優秀な効果であり、自らに使うとなかなか厄介な効果をもたらすものでもある。



──24時間後、今日の記憶を忘れる──



これは“薬を飲んでから前後12時間の記憶を失う“という効果なので、薬を飲んだ事も、結宮達と出会ったことも、出会って話したことも、一切の記憶を残せないのだ。


記憶を失った時、そこを埋める記憶次第でその後の行動が大きく変化する。そのため、こういった予定外の大事は慎重に記さなければならない。


真矢と蒼は睡眠を挟み、翌朝から一切休憩を入れずに書類をまとめ続けた。薬を飲んでから23時間が経ち、忘却まであと1時間という所でやっと作業を辞めた。そして名称部分を黒塗りにしていく。


これは秘密性保持の為、自分が恥ずかしい為等々、とても重大な理由を含んでのことである。記憶を失っても状況だけが分かるので効率も良い 。


全ての書類に黒塗りを入れ終わった真矢は“すぐ読む“と書かれた棚の中に書類を放り投げた


「あんた、それ終わったら棚に入れといてね」


「分かってる」


蒼も書き終え、丁寧に書類を入れてそのまま自室に戻った。


いつもの静けさを取り戻した店内で、真矢はソファに転がって天井を眺める。



忘却まであと3分、真矢が呟く


「2700番…ニーナちゃん………、…………結宮葵…」





──────────────────────


あれから4年。真矢と蒼は3件あった依頼の中で、両名が“食事中にスプーンを落とした“という記憶の欠片と一生分の珈琲豆を獲得した。つまり、4年経っても何も変わっていないという事だ。


だが、変わらない日常を繰り返していたある時、いつかのように日常を壊す者が現れた。


「もう結論は出たかな?」


扉から入ってきた侵入者は微笑みながら首を傾げていた。その後ろから男の声がする


「ソーウ!協力の件だ、もう考えたよな?」


真矢と蒼は愕然として固まったが、直ぐに状況を理解した。真矢は結宮に向かって飛びつき、蒼も持っていたコーヒーカップを机に置いた。


「ニーナちゃん!!」

「久しぶり、綺羅」


再び愕然としたのは結宮と綺羅だった。前回の警戒的な態度と打って変わって、歓迎の体制が整っている。「え……なに、ソウ…?え、これ何…」と狼狽える綺羅をよそに、結宮はなんとなく状況を把握した。抱きついてくる真矢の頭をガシガシと揺らしながら言う。


「あーもう、…っ真矢!!あんたら何なの!」


「何もなにも、私はあのマリューよ。貴方がよく知るコロネル・マリュー。」


結宮は「怒っている理由が分からない」という態度の真矢に怒りのぶつけどころを失った。そのため、大きく息を吸って声を張り上げる。


「…とりあえず皆、大テーブル集合!……なるべく早く!!」


それぞれが着席し、絶妙に朗らかな空気が漂うのに結宮はなんとも言えない感情を抱いたが冷静に怒った。


「どうして君達は記憶を失っているのかな?」


少しの間の後、蒼が立ち上がるのと同時に真矢が目を瞑った。その瞳が再び結宮を捉えると困ったように笑う。


「やっぱりニーナちゃんには隠しれないわね、…ちょっと待ってて」


真矢は立ち上がって綺麗に整頓された棚をガサガサと漁る。そこから6枚程度の紙を取り出し、机に置く。結宮はその紙を手に取って黙々と読み始める。


その間に蒼がコーヒーを入れてきて結宮の前に置き、綺羅もそれを受け取った。カップを渡す際、蒼がぼそっと「お前も読んどけ」と言ったので何が何だか分からないまま綺羅も紙に書いてある内容を読んでみる。


「…………うわっ、これ酷いな。全部違う」


「そんな事ない、全部合ってる」


対抗してきた蒼に綺羅は呆れた。手放した書類は机の上を滑り、蒼の目の前で止まる。


「いや、全部違う。まず俺が葵に担がれて入店してるのはなんだよ、しかも手土産にカップ麺持ってるのもなんでだよ」


「お前が自らした行動だろ」


「…………」


蒼から情報を聞き出すのを諦めた綺羅は真矢に視線を移す。


「…書類関係は事実確認の為、お互いの物を絶対に見ないで作成してるの。それなのに私と蒼、それぞれの書いた内容が一致してる。多少の差異はあると思うけど、ほとんどは事実なはずよ。」


ごちゃついた店内を一通り見渡し終えた結宮はそれを聞いて笑ってしまった。


「そっちの“事実“はもう分かった。でも私たち視点の事実も話くなってきちゃった…真矢、いいよね?」


「いいわよ、むしろ断るとでも?」


─────────────────


結宮は4年前の出来事を事細かに話した。それを聞いていた蒼と真矢がずっと半信半疑なのを分かっていた結宮は綺羅に指示をだした。


「綺羅、そこのゴミ山漁ってみて」


「えっ、いやなんで俺」


「いいから、その中から特に雑っぽいのを何枚か持ってきて」


しょうがなく、ぐしゃぐしゃになった書類の山を探して複数枚の紙をピックアップした綺羅はそれを机の上に置いた。受け取った結宮が1枚1枚広げていくと目当ての書類が3枚見つかった。


1枚目の紙には“事実“が

2枚目の紙に書かれる綺羅は既にカップ麺を持参している

3枚目の紙では、もはや“事実“とはかけ離れすぎてる“物語“が書かれている


「これは真矢のだけど、多分蒼くんの書類も似たような感じになってるだろうね。“事実“が嫌だからってお互いの思考読みあって“物語“で補うとか、君たちよくやるよ」


「えっ、口裏合わせた訳じゃないのかよ」


「さぁ、知らない。目の前の2人に聞くのが手っ取り早いけど、それより……」


「……今話したこと、それが真実なのね。あなた達はそれぞれ昔馴染みに会いに来たんじゃなく、交渉をしに来た。…合ってるわね」


「うん。で、答えはどうする?」


「もちろん…」


「俺と真矢は綺羅達に協力する」


黙っていた蒼が急に口を開いたので真矢は瞳孔の開いた目で蒼を見つめる。


「あんたね…割って入ってこないで。私とニーナちゃんとの友情に割って入ってこないで!!」


「は?」


くだらない喧嘩だが真矢は戦闘態勢に入った。蒼も剣を取り出した。が綺羅に捕まり、引きずられながら真矢と距離をとらされる。


「ほらほら、マリューが嫌がってるだろ。蒼は俺との友情があるんだから、こっちで話してようぜ」


良い奴ムードをかます綺羅を蒼はバッサリ切り捨てる


「綺羅との友情なんてものは無い」


「お前っ…酷いな」




騒々しくなってきた店内を結宮はどこか俯瞰して眺めていた。眩しいものを見たかのように目を細めて、3人に聞こえない程度の声で呟く。


「これでも色々考えてたんだけどなぁ……こんなに普通の人間みたいにされると私が悪者みたいじゃん…」

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