私の名前

私は、誰だ



「落ち着け、私はコロネル・マリュー歳は…多分1000歳は超えてる。あとは…300年、くらい前に蒼を拾って、ニーナちゃんとなんでも屋…を、経営……?」


真矢は記憶の混濁により、更なる激痛に襲われて項垂れた。自分でもなにを言っているのか分かっていないが、その中に聞き覚えはないのに妙な懐かしさを覚える言葉があった。




「ニーナ、ちゃん………?」



助けを求めるように呟いた真矢の意識はそこで途切れた。



───────────────────────



それから3日後、やっと店に帰ってきた蒼は倒れた真矢を見つけた。少し観察してから視線を外して、カウンター席に向かう。


「…“当たり“か。良かったじゃねーか」


「何が当たりよ。頭痛で死にそうなの見てわかんないの?」


「記憶が戻るのは早ければ早いほど良いんじゃなかったのかよ」


「それはそうだ、けど………ん?」


ある事に気がついた真矢はそれから少し考え込んだ後、スっと目を閉じ振り上げた右拳で思いっきり自分の頭を殴った。これが普通の人間なら号泣ものだ。だが、殴った箇所は真矢の治癒能力で瞬時に治っていく。


「なんだよ、いまになって自分の発言の愚かさにでも気づいたか?」


「記憶、ほとんど戻ってないかも」


「そうか、あの真矢が3日も寝込んだのにほとんど収穫なしか…………記憶が戻ってないって言ったか?」


「言ったけど」


「手がかりも何もなしか?」


「……人名っぽいのだけ。ていうか、あんたこそ店飛び出していったきりなにしてたの?」


「話逸らそうとするな、思い出したことがあるなら全部言えよ。俺は逃げ出した結宮葵を追ってただろ、あとは…」


あとは、唐突に綺羅が現れて…


はっとして言葉につまった蒼はそれ以上何かを言うことは無かった。同じく、自分の事を話したくない真矢もそれ以上は深追いしない。だがこのままお互いの意地を通すのもいい年して情けない、それに情報の未共有ほど愚かなことはないと分かっていた。だからこそ真矢は憂鬱からくる胃痛をすごい顔をして飲み込んで、何とか言葉を放った。


「お互い言いたくない事があるってことで…………………明日、報告会をしましょうか」


「了解」


蒼は大事に残していたコーヒーをグイッと飲んで自室に戻った。それから少しの間はそれぞれが静かな時間を過ごし、相手が部屋から出てこないことを確認する。2人は違う部屋にいるのに、まるで測ったかのようなタイミングで大きなため息をついた。

「「…………………………明日、か……」」




翌日、二度寝をかまして昼頃に目を覚ました蒼はごちゃついている引き出しの中からむき出しの錠剤を取り出し、そのまま飲み込んだ。 部屋を出て重い足取りで真矢の元に向かう。


とっくに準備し終えていた真矢は蒼が来たのに気がついて読んでいた書類を机の上に放り投げた。コップに水を注いで蒼が飲んだのと同じ薬を飲み込む。


これは真矢特製の自白剤であり、少し特殊な副作用を持つ。飲んだ後から約24時間分の記憶を消すというものだ。ちなみに自白剤としての効果も増加していて、市販すれば犯罪御用達な代物なのだが残念ながら偶然の産物なので量産体制には入れそうにない。



蒼は真矢から書類を貰い、一通り目を通した。しばらく読み込む振りをしていたが前方からの視線を無視出来なくなってきた。蒼は「余計なこと喋るなよ、俺の口…」と願いながらゆっくりと話し出した。


「…あの日、俺は結宮葵を追った先で綺羅を見た。あいつら、逃げ場の無い空中で霧のように消えたんだ。多分、綺羅が転移系の力を持ってんだろうな。数日間捜索をしたけど2人の痕跡すら見つけられなかった。手に入ったのは結宮葵が放った矢が1本だけだ」


真矢は蒼の言葉を全て書き留め、ペンを置いた。この前の出来事を思い出して自分も話はじめる。


「私が頭痛で寝込んでたのは本当。でも記憶が戻ってないってのは嘘。…“ニーナ“って子と一緒にいた記憶と、自分の名前を思い出した。」


「名前?」


「あ、“真矢“とは別のやつ。“コロネル・マリュー“ ニーナって子にはそう呼ばれてた。ニーナちゃんは研究が好きで…私の割れない水泡を割ってくれた解放の人。」

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