依頼解決
記憶の欠片からその情報を自らに取り込むには自分の傍において置く必要がある。だが、それだけでいいと断言するには不明な点が多い。条件によってなのか、その欠片の性質次第なのか、思い出すのにかかる時間が毎回違う。1分の記憶を思い出すのに1ヶ月かかることともあれば1秒で思い出すこともあるのだ。つまり
「ギャンブルよね、これ」
真矢は記憶の欠片をネックレスに加工しながらふと気がついたように言った。無関心というより他人事だとでも思っているようだ。カウンターでコーヒーを飲んでいた蒼は「何言ってんだこいつ」と思いながら少し考えてから言う。
「ギャンブルなら当たりがある、この場合の当たりってなんだよ。」
「そんなの、かかる時間が短ければ短いほどいいでしょ」
それを聞いた蒼はいやいやと首を横に振る
「俺なんて3年分の記憶を10分で思い出した反動で1年間も寝込んだんだぞ。」
真矢は当時のことを思い出してふっと笑った
「そうね、あれは死んだと思った。でも30秒間りんごを食べるだけの記憶を思い出すのに4年かかった私も可哀想じゃない?1年と10分でそんなに記憶を取り戻せるなら儲けもんでしょ。」
言葉を返そうとした蒼の口からでてきたのは笑い声だった。苦労した経験を笑った真矢に一言だけでも言ってやる予定だったが、今度は自分が笑ってしまったのだ。
「ちょっと待て、なんだそれ。なんだよその面白そうな話は、初めて聞いたぞ」
「よし、できた」
真矢は蒼の追求を遮って記憶の欠片を加工して作ったネックレスを掲げた。自分で言っておいてそれ以上は話すつもりがないらしい。蒼はこういう時の真矢が意地でも口を割らないのを知っていたのでそれ以上追求するのをやめた。
「ネックレスにしたのはいいけど、既に1つ付けてるからちょっと邪魔になりそうね。」
「流石、年中白Tが言う事は違うな」
「あんただって似たようなもんでしょ。それより…」
真矢は顔をクイッと扉の方へ向けた。そこには黒猫を探して欲しいと言った依頼人が立っていた、目だけ笑っていない笑顔で。
「私の猫ちゃん、見つかりましたか?」
「えぇ、見つけましたよ」
切り出したのは真矢だった。ぐったりとしている猫を抱えている様子は、まるで亡骸をかかえているかのようだ。生きていると分かってはいるものの、なんとなく気分が悪くなったらしい蒼は微妙な顔をしている。それと対象的なのが依頼人だ。死んだような猫を目の当たりにして尚、不気味な笑顔を貼り付けている。
「…よく、見つけられましたね。詳細を伝えていなかったので今日はそれを伝えに来ようと思っていたんです。ですが…」
そこで依頼人は黒猫に目を向けてから仕切り直して言う。
「その必要は無かったみたいですね」
「まぁ、分かりやすかったですからね。」
真矢は依頼人に猫を渡した。そうすると猫を受け取った依頼人の目が赤く光る。
「…どうやってこいつを見つけたんですか」
真矢にとってこの質問は3度目だった。にこっと笑ってから淡々と説明を始める
「まず前提として、うちの店の客ってほとんどがブランカかそれ関連の依頼をしてくる人ばっかなんです。それに加え、私の治癒の能力はブランコに嫌がられる傾向があります。動物に転生したブランカなんかは特に。」
「そして俺が治癒の力を街の端から拡散させてここに追い込んだって訳だ」
「ちょっと、セリフ横取りしないでよ」
「このままじゃお前だけが活躍したみたいになるだろ」
はぁ?と顔をしかめる真矢と拗ねて腕を組んで鼻を鳴らす蒼を見て依頼人は「仲良いんだな」と「ふざけてんのかこいつら」という思いに駆られたが何とか口には出さなかった。
「あの、方法は分かりました。偽物を用意したんじゃないかと疑ってしまいましだが、こいつは紛れもなく私の黒猫です」
依頼人が大きなバックから何かを取り出そうとしたがその前に蒼は言う。
「依頼料はもう貰ったのでお金は結構です。その黒猫をどうするかもあなた次第だ」
「……ありがとう、ございます」
依頼人が立ち上がり店から出ようとした時、真矢が「あっ、そうだ」と呟いた。振り返った依頼人に真矢は手をひらひらと振りながら言う
「お代はいいから、美味しい“カップメン“あったら今度寄越してよね」
張り付いた笑みしか浮かべていなかった依頼人の顔が、そこで少し困惑の色を帯びた。そこからまた笑って「是非また」とだけ言って店を後にした。
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