2人の戦争
蒼は動揺を隠し、ゆっくりと息を吐いて冷静を装って言った。
「で?これはどういうつもりだよ」
まだ状況が掴めずに目が泳いでしまっているものの、それ以外は「怒っているいつもの蒼」そのものだった。
色々な感情が織り交ざって混乱している蒼と対照に、真矢は落ち着き払って想定内の質問に想定通りに答える。
「私が蒼にすることにおいて“暇つぶし“以外の理由ってある?」
蒼は頬をぴくっと震わせた。これは、もはや笑うしかない状況と湧き上がる怒りの現れだった。
だが真矢のこの言葉は嘘だ。出会ってすぐ、精神が不安定だった蒼が一般人や自分自身を傷つけないようにするため、真矢はたった2日で音声複製機を作りこっそりとフードにつけた。
事実、暴走しそうだった蒼を直前で止めることに成功している。それからかなりの時間が経って取り外すタイミングを逃してしまい、真矢がなけなしの罪悪感を募らせたので遂に白状したのだ。つまり、真矢が音声複製機を付けたのは心配と良心の現れだ。
蒼は悪い意味で一直線な性格なのでこんなこと知る由もない。やっと落ち着きを取り戻した蒼は音声複製機を人差し指と親指でパキッと潰して思考を巡らせる。
(音声複製機はこの際どうでもいい、気にしたって今更の話だ。それより俺の黒歴史掘り返しやがって………ここからは、反撃の時間だ)
「ヘマしたのは俺だけじゃないだろ、ほら」
蒼が取り出したのは中に水の入った小瓶だった。
真矢は言い返されるとは思っておらず、そそくさと部屋に帰っていく蒼を笑う準備しかしていなかった。咄嗟に出た回し蹴りは難なく防がれ、むしろ足を掴まれたせいで真矢は動けなくなってしまった。
「そんな怒んなよ、これ便利だろ?お前が治癒を付与した水。俺らが使うには非効率的すぎるけど依頼人に能力を隠したい時にはこれほど適した物は無い」
「そうね、非効率的すぎる。だったら捨てれば?あんたの事は私が治癒してあげてるから必要ないでしょ」
真矢は掴まれた足を引き戻そうとしたが蒼の力は強く、びくともしない。
「いや、たまたま持ってたんだ。でもこれ最近作ってないよな?またあの山にでも行くか?そうすれば泣けるか?」
嘲るような笑みを浮かべて話す蒼にうんざりしてきた真矢は肩をすとんと落とした
「あーー、分かった。降参、私が悪かったからさっさと足離して」
蒼は手を離さない
「急に山の方飛んでったと思ったらそこで泣いてるとか、流石に面白すぎだろ。しかも最終的に酒場の話の肴されるとか…」
それ以上は言わせまいと真矢は掴まれていない方の足を跳ねあげ、掴まれた足を軸にして蒼を蹴ろうとしたがそんな攻撃が蒼に当たるはずもない。
不意打ちに咄嗟に対応した蒼は真矢を掴んでいる手を離してしまった。
「お前の涙のせいで治癒の力が付与された泉を転移させてやったのにその恩を忘れたか?」
「あんたこそ、行き倒れてた所をこの店に匿ってあげた恩を忘れてない?」
「いつの話を……」
真矢と蒼は不毛な言い争いを続けようとしたが“今日の制限時間“が来たので2人ともその場に倒れ込むように眠りについた。
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街が夜に溶けた頃、どこかの路地で1人の少年が目を覚ました。起き上がった少年は壁に拳を打ち付け、苛立たしげにぼそっと呟く。
「チッ、またかよ……」
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