黒猫探し1
兎木真矢は怒っている。昨日、依頼を取り付けた蒼が一向に起きてこないのだ。確かに、蒼を怒らせてしまった自分も悪いが時計は既に10時を示している、それも午後の10時だ。もう外はとっぷりと闇に浸かっている。
「あの爆睡大魔王、起きたらどうしてあげようか…」
真矢は呟きながらカップ麺の蓋を開けた。本来ブランカは食事も睡眠も必要としていないのだが、少し前に依頼人から差し入れで貰ったところ大変お気に召したようで最近は異国からわざわざ取り寄せるほど好んで食べている。蒼にも勧めてみた事があるが食べようとはせず、コーヒーだけ飲んでその場を去ってしまった。
真矢がカップ麺を食べ終えてフォークを置き満足気にため息をこぼす、少し経ってから瞬きを1回だけした。それから瞬時にカウンターの方を向き、手に勢いづけて衝撃波を飛ばす。いつの間にかそこに座っていた蒼は右手で何も無い空間から青みがかった黒い剣を取り出し、後ろから放たれた衝撃波を防いだ。蒼が剣をしまうと真矢はそちらを一切見ずに手の上でフォークを器用に回しながなら言う。
「あーあ、せっかく運動不足のあんたに筋肉痛にでもなってもらおうと思ったのに」
「いや、お前それまだ制御できてないだろ。殺す気か」
類まれなる治癒能力を持つ真矢は、普通は良くても骨折を治すことまでしか出来ない所を死んでさえいなければどんなに重症だろうと治療することができる。
それを逆手に取ったのが「過剰治癒」だ。薬も過ぎれば毒となる、凝縮した治癒能力に常人は耐えきれずその凝縮度合いにより体に何らかの異常をきたすのだ。だが攻撃手段として使用したのが最近になってからだったらしく、どの程度力を込めていいのかを把握していない。
それに対し蒼は、先程死角からの真矢の攻撃を防いだ通り剣術が多才だ。
それに加え、何も無い空間への足場設置、手や足のみの部分的なワープなど可能な「空間操作」と呼んでいる能力を持っている。何も無い空間から剣を取り出せたのも別に借りてる倉庫に手だけワープさせたことによる。
「蒼がこんなので死ぬ訳ないじゃん。というか、今回私は悪くないからね。蒼がこんな時間まで起きて来ないのが悪い!もうすぐ10時よ。10時。何故か私達3時ぴったりに寝ちゃうんだからもう時間ないわよ」
今から行けば“時間がない“事はなかったが、どうせまた口論になるだろうと真矢は思っていたので今日の捜索は半ば諦めていた。だが蒼が予想だにしない事を言ってきた
「攻撃してきたお前も悪い、と言いたいんだけど確かに俺も悪かった。制限まであと5時間もある、さっさと行こう」
そう言って蒼は外に捜索に出るため扉に向かって歩いて行った。真矢は心の中で叫ぶ
「こいつ今、“悪かった“っていった?あの?顔面蒼白の蒼様が?信じらんない、信じらんない、信じらんない。今日のあいつ、絶対におかしい。」
真矢はしばらく呆然と眺めていたが、やけに素直な蒼にゾッとして鳥肌がたった。蒼が店を出たので真矢もようやく立ち上がり、早足でそれについて行く。蒼の様子がおかしかったのがどうしても気になり
「あんた、今日なんかあったの?」
とぶっきらぼうに言った。冷たく聞こえる言い方だが真矢にしては珍しく、本気で心配していたからこその言葉だった。
それほどまでに先程の「悪かった」が異常な言動だったのだ。
「何、俺はいつも通りだろ。なんか気になることでも?別にいいけど鬱陶しいから質問とかは答えないからな。」
真矢の方を見もせず、なんなら突き放すように歩くスピードを早めた蒼に真矢は安心感すら覚える。これでこそいつもの蒼だ。
どうやら誰かに身体を乗っ取られていたりする訳では無いらしい。
それはそれとて蒼の言い草に腹が立った真矢は先程感じた安心感を放り投げて代わりに苛立ちを拾い上げてきた。手に力を込めて蒼の方に向けたが過剰治癒を発動する前に街灯に飛び乗って避けられてしまう。
「だから人にそれ向けんなよ」
「私を誰だと思ってんの?怪我したら直してあげるから安心して食らっていいのに」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます