青の嘆き

聞きたい事があった。言いたい事があった。懺悔も罵倒も、そのどれもがもう綺羅には届かない。


綺羅が死んで、僕はしばらく呆然としていた。ふと大男から取り返した物に目をやると、それは青い宝石のついたピアスだった。綺羅はピアスを付けていないのでわざわざ僕の為に用意した物だろう。


何処かでこれを調達した後、帰り道で大男に盗まれたんだろう。こんな大きな宝石をぶら下げてれば借金の当てにしたくなるのも分かる。そして綺羅は盗まれたのに気づき、取り返そうと戦った。


途端に馬鹿らしくなって僕は笑みを浮かべた「はっ」と嘲笑う声を上げてから声高らかに言う。


「こんな物の為に命かけたのかよ!意味わかんねぇよ、まだ聞かなきゃならない事が山ほどあるんだ。綺羅、まだ逃げんなよな」


言った直後、僕は綺羅に目を向けた。もう動かなくなったそれは僕に混乱を極めさせた。


どうして綺羅が死ななきゃいけないんだ。これから僕はどうすればいいんだ。もう生きる意味が分からない、だったら──


僕はそこに放ってあった剣を手に持ち、腹を貫いた。だが、しばらくしても一向に死ねないので更に首を切り落とした。そうすると意識が無くなり、目の前は暗闇に包まれた。次に目にしたのは死後の世界なんかじゃなく、先程の路地裏の光景だった。


何でだ、何で死ねない。確かに首を切り落としたのに何で僕はまだ生きている。これ以上生きたくない、死ぬならここがいい。そう思って何度も自らを切り裂いたがどうやら僕は死ねない体質らしい。


僕のせいで綺羅が死んだようなものなのに、どうして僕だけしぶとく生きている。何を道標に生きればいい。そういえば死ぬ前、最後に綺羅はなんと言った?


──蒼、お前今度は俺の事忘れるなよ──


そうだ、この約束を守ろう。でも肝心の綺羅が居ない、相手の居ない約束なんて虚しいだけだ。


ならばどうするべきか?

僕が綺羅に成り代わればいい。昨日練習したばかりじゃないか、感覚は覚えている。歩幅は今より広く、手は大きく振る。そして、声量を強めて何も無い空間に向けて言い放った。


「“俺“は綺羅だ。お坊ちゃんの蒼とは違う」



その後の記憶はあまりない、覚えているのはひたすらに歩いた先で真矢と出会った事だ。それ以前、どこで何をしていたのかは思い出せない。


ぼろぼろだった俺を助けた真矢は初めに名前を聞いてきた。普段なら綺羅と名乗るのだが、真矢にそう呼ばれるのは不本意な気がして咄嗟に蒼と名乗ってしまった。これは失敗だった、俺の中で綺羅がどんどん過去の記憶となっていく。


俺は過去を悔やみつつ綺羅から貰った青い宝石のピアスに手を触れ、周囲の音を遮断し集中する。「綺羅、お前の事は絶対に忘れない」本人には届かないとは分かっているものの口にしないと全てを忘れてしまうのではないかと心配で、真矢と出会ってからは定期的にこう呟いている。


ふと周囲に気を配ると色々な雑音が聞こえてくる、その中でも特にうるさい音があった。真矢の声だ。しばらく感傷に浸っていたせいで外はもう夜になるらしい。俺は立ち上がってメインルームに向かう。


真矢の麺をすする音が聞こえてきて、腹立たしさと共に少しだけ日常の安心感を思えた。

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