青の追想
蒼は真矢が部屋に戻りってから1時間ほど経ってからゆっくりと目を伏せ、空っぽの頭の中にある数少ない思い出を辿った。
「なぁ蒼、蒼。そーうー。聞こえてるだろ?おい」
周囲に背の高い建物が建ち並ぶ通りの奥にひっそりと佇む薄暗い路地裏に“そいつ“と僕は居た
「……なんで僕を「ソウ」って呼ぶんだ?」
この頃の僕はぼろぼろの服を着て、腰より長い髪は纏めず、左耳にシルバーのピアスをしていた。だが、そのピアスはとっくに錆びてしまっている。
僕が口を開くと珍しいものでも見たかのようにそいつは目を輝かせた。…まぁ実際珍しいのだが。
「どうせ何にも覚えてないんだろ?名前くらい好きに呼ばせろよ」
そいつは眉を下ろし、含みをもたせて言った。「何も覚えてない」というのは本当だったがその表情を見るに、どうやら信じられていないらしい。どうにか弁明しようとしたがそのやり取りは既に3回はしてる。
「だったらお前の名前も僕は好きに呼ぶからな」
完璧な返しだ。こいつも名前を教えていない、どうせ言えない理由でもあるんだろう。僕はとにかくソウと呼ばれるのが嫌だった。妙にしっくりとくるが、触れてはいけない記憶の奥底を無遠慮に漁られているような気分になるからだ。
「どうだ、嫌だろ?これで僕の事をソウなんて呼ぶのはやめてもらうからな」
「綺羅きらんだよ」
「は?」
「だから、綺羅きらん。蒼、お前字は分かるか?」
予想とは反対に何の気もなしに自分の名前を言ったそいつに呆気をとられていると、そいつ…綺羅は落ちていた枝を拾って地面に文字を書き出した。僕はそれをまじまじと見ていた
「これで“キラン“って読むのか?僕の習った文字と随分違うんだな…」
綺羅はそれを聞いて笑いながら言った
「蒼、お前海外の人だったのか?やけにこの国の言葉を話すのが上手いな!すっかり騙されてたよ」
「いや、母国語で話してるんだけど…」
確かに話してる言語は同じだがこの文字は全く知らない、膝を抱き寄せて色々と考えてみたが疑問は募るばかりだ。ため息をついてから僕は立ち上がって路地裏を歩き出した、綺羅も後ろに着いてくる。様々な店が建ち並ぶ騒がしい表通りを路地裏の陰から眺めたが、僕の知っている文字はやはりどこにも無かった。
分からないことがどんどんと増えていく。
だが、僕にも分かる事が1つある。表通りから目を背け、路地裏の方を振り返って言う
「綺羅って変な名前だな」
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