依頼2
「私の飼ってる…黒猫を探してほしいの」
気の弱そうな依頼人は精一杯に声を引き出した。蒼そうが「黒猫?」と聞き返すと少し間を置いてこくりと頷いた。
真矢まやには依頼人の顔が一瞬曇ったように見えたが知らないふりをした、今回の依頼は猫探しだ。こんなに楽な依頼をみすみす見逃す訳にはいかないので「今はとりあえず蒼に任せて依頼の受注を円滑に進めてもらおう。そうしよう」と心の中で唱えた、
「本当にただの猫ですか?」
蒼がはっきりした声で依頼人に尋ねた。依頼人は赤くなったり青くなったりする顔を下に向けて押し黙ってしまった。真矢は「なにしてんの?!」と怒鳴りそうになるのをぐっと堪えていた。
「大体わかりました、あなたの飼っていた黒猫の捜索ですね、承りました。成功報酬としての代金は後払いですが大丈夫でしょうか?」
淡々と話す蒼に依頼人はたじろいだが「…っはい!」と返事を返した。それから依頼の詳細を真矢も加わり少しだけ話し会って、その依頼人は店を去っていった。
蒼はいつものように、もうマスターのいないカウンター席に座る。真矢もソファーには座らずカウンターに向かう、蒼の座った場所の隣に席ひとつ分の間隔を空けて椅子に腰を下ろすと少し怒りつつ、なだめるような口調で言う。
「なんであんな揺さぶりかけるような事言ったのよ?ここに来る客の依頼で普通だったことなんてないのはあんたも私も嫌という程知ってる。むしろ最近は名前が広まってきたから、あんたの空間操作でわざわざ依頼人を軽く選別してから店に通すようにしてるんでしょ。」
「…俺はそんなの知らない」
「どうせ今回も私達の“記憶の欠片“が関連してるんでしょ。あんた、ここまでやっといて過去を思い出すのが怖くなったとか?ほんと能力の無駄遣い…」
「本当に知らないんだ!」
真矢が言い終えるより前に蒼が叫んだ。
「俺の空間操作はそんなに万能じゃない、いつからか俺らの記憶の欠片に関連する依頼ばかりになったけど本当に何もしてない!そもそも“俺“は過去なんて」
そこまで言って蒼ははっとして言葉を止めた。「過去なんて」なんだ?思い出したくないなんて言うのか、そんなこと俺にはできない。蒼は左耳の青いピアスに触れ、困惑しているようにも泣きそうにも見えるみっともない顔で必死に言葉を探した。
どうにか「ぁ……」とだけ言ったがその次に重ねる言葉はどこにも見つからない。それを見た真矢は眉をひそめ、唇をキュッと引き締めた。少ししてから短く息を吸って
「明日には黒猫捜索にとりかかるから気持ち切り替えといてよ、あと…ごめん、蒼の気持ちも考えず勝手に決めつけて、散々言っちゃって。…これからは気をつける。」
真矢は言い終わったと同時に席を立った。珍しく自室に行き、その日は部屋にこもったっきり出てくる事はなかった。
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