依頼

翌日、目が覚めた真矢と葵は一言も会話せずにダラダラと過ごしてその日を終えた。そもそもの仲が悪く、あの程度の口喧嘩は日常茶飯事だったからだ。


そんな日を数日間過ごしていると鍵のかかっていない扉を叩く音が聞こえてきた。ソファーに倒れ込んでいた真矢が「依頼人よ」と言ったのでカウンター席に座っていた葵は人差し指をくいっと折り曲げて扉を開ける


依頼人は一瞬ぽかんとした顔をしていたが意を決したように1歩踏み出し店の中へと入っていった。


葵が酒場から帰ってきた夜と比べると、太陽の日が差し込んできて明るくなった店内は怪しげな道具などでゴチャついてはいるものの、見方を変えればお洒落にもみえる。元がコーヒー店だったのと顔の良い少年と少女が居るのだ、むしろそれで全くお洒落さを感じなくさせるほうが難しい。


真矢はソファーから起き上がりにっこりとほほ笑んで


「お姉さん、今回はどんなご依頼ですか?」


と、丁寧な口調で尋ねる。ここを訪れる者は雑用から探偵まがいの仕事、一般の人ならどうすることも出来ない事、人には言えないような事まで、種類も分野も違う色々な依頼を持ちかけてくる。


だが“なんでも屋“の看板を掲げている彼らはどんな依頼だろうと断らないどころか完璧にこなしてみせる。


そんな夢のような店があるなら誰しもが草の根かき分けてでも求めるだろうが、やはり疑心が勝る。噂だけだと信じない人が大半、信じている人がいても“どのような代価が必要なのか““店の場所はどこなのか“等々、分からないことが多すぎて実際に店に来るのは数名のみだ。


その数名のなんでも屋に依頼をした人々は「たまたま見つけた」と言うだけで依頼内容も店の場所も何を支払ったのかも覚えていない。


その事もあり、先程入ってきた依頼人は緊張と警戒の色を顔に浮かべ口ごもった


それを見かねて蒼は1つに結んだ長い髪を払い、優しい顔で「大丈夫、君には何もしない。安心して話して」と言うと真矢が「うげぇ…」と顔をしかめた


依頼人はもはや蒼しか見えていない。この店では依頼人が一切心を開かないなんて毎回の事だ。そんな時は2人の綺麗な顔の出番だ。


ある時は心優しい子供のように、またある時は頼れる大人のように振る舞う。その時々に合った対応で依頼人の警戒を解くのだ。


蒼の狙い通りに依頼人の緊張はほとんど解れ、若干警戒してはいるもののぽつぽつと依頼内容を話し始めた


「その…猫……黒い猫…私の飼ってる…黒猫を探してほしいの」

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