明夜

少年は早い足取りで酒場を後にした。しばらく歩いて騒がしさの欠けらも無い通りに辿り着き、角にある3階建ての建物の前で立ち止まった。


もう深夜なので辺りの建物の明かりは1つもないのだが、そこの1階のみが来客でもを待つかのように明かりが付いていた。少年はいかにも不気味なその階の扉を開け、ためらいもなく入っていった。


扉を開けた隙間から置いてあった看板が光に照らされる。手書きなようで乱雑というより単純に字が下手な人物が書いたのであろう、その看板には「なんでもしはす、なんでも屋」と書かれていた。


少年は扉を閉じ、鍵はかけずにズカズカと部屋を突き進む。そしてソファーに寝転んでいた少女に目を向けた。その少女はTシャツ1枚のみを着ていて、髪は背中を覆うくらいまで伸びているがふんわりと2つに結んでいる


「あの酒場はもう駄目だ、ブランコがいた。情報収集は別の場所に変えよう」


少年は少女に向かってそう言い放った。少女は目を丸くしてから少し口角を上げて言った


「別にブランコの1人や2人、居ても居なくても変わんないよ。警戒し過ぎなんだって」


「黄色だ」


少年がやや怒り気味でそう言った瞬間、少女は飛び起き頭の上にうさぎの耳のようなものが現れる。うさぎの耳は通常ならば両方ともふわふわな毛で覆われているが、少女の頭に現れたうさ耳の片方は無骨な機械に置き換えられていた。


少年が自らの頭を指さし「出てるぞ」と合図するとすぐにそれは見えなくなった。少しため息をついた少年がフードを脱いだ。目鼻立ちの良い顔が影から現れ、腰辺りまで伸びた長いひと束の髪が空を舞う。一呼吸置いた後、少年が口を開いた


「あ゛ーーっ!だから嫌だって言ったんだよ。黄色だぞ、友人か?従者か?はたまた主人か?なんらかの関係があったのは確実だ。これで俺らを追って来たらどうする?!」


「…はぁ?赤じゃないなら恨まれてはいないんでしょ、むしろとっ捕まえてでも話を聞くべきじゃないの?私の期待と不安を返してよ!」


少年が該当されるブランコから逃げてきたという事をそこで初めて知った少女は即座に反論する。口こそ強気だが内心ほっとしていた。少年はその事に気づき畳み掛ける


「お前も“昔“あの惨状を見ただろ?欲しい記憶を持っている奴が全てを思い出せばどの道恨まれるのは必然だろ、だったら…」


「だったら何?また地道に何でも屋を通して記憶の欠片を集めるわけ?何年かかるのよ!」


「別にいいだろ、俺らには時間だけは無限にあるんだ。そうだ、酒場で聞いたぞ、俺らの事が噂されてたんだ。化け物屋だとか、何でも屋だとか、あぁそう“完全なるブランコ“って意味で巷では俺ら2人は「ブランカ」とかって呼ばれてるらしいぜ」


少女は耐えきれなくなり、腕を組んで仁王立ちの姿勢で「ふん」と鼻をならし


「こんな軽薄な蒼そうなんかと組むくらいなら、そこのパンの耳とでも会話してた方がまだ有意義だっのかもね!なんでそうしなかったんだろ」


と言うと、少年は空いたソファーに座り「ハッ」と嘲笑う


「こっちこそ考えの浅い真矢まやと2人1組にされるなんてごめんだ。もっと慎重にならないと、心臓がいくつあっても足りない」


しばらく睨み合った後、少年.蒼そうは少女.兎木真矢うさきまやの隣を顔も見ずに横切り、奥の部屋へと向かっていった。


それからちょうど30分後。蒼は自室、真矢はソファーで眠りについた。

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