第3話 見えない住人

 霧の帳が重く降りる夜、美月は屋敷の中を慎重に歩き続けた。彼女の足元には、年月を経た木の床が軋む音を立てる。


 突然、空気が震えるような囁きが彼女の耳に届いた。「美月」という声は、まるで彼女の存在を確かめるかのように、静かでありながらもはっきりとしたトーンで呼びかける。彼女は息を呑み、ゆっくりと振り返ったが、そこには誰の姿もない。ただ、彼女の名前を呼ぶ声だけが、屋敷の奥深くから響いてくる。


 美月は心臓の鼓動を感じながら、声の主を探し続けた。彼女が辿り着いたのは、屋敷の最も古い部屋だった。その部屋は、何世代にもわたる家族の記録が残された図書室である。壁一面の本棚には、革装丁の日記や手紙、写真アルバムが並び、その中には黄ばんだページが家族の歴史を静かに語っていた。


 美月は手に取った一冊の日記を開くと、そこには過去の住人たちの日常が綴られていた。彼らの文字は、時間を超えて美月に語りかける。そして、その中には、ある夜、家族が一同に消えたという記録があった。その夜は、今と同じく、濃い霧が街を覆っていたという。


 美月は日記を閉じ、部屋の中を見渡した。彼女は感じた。この部屋には、まだ見えない住人たちが息づいており、彼らは美月に何かを伝えたがっている。彼女は、その声に耳を傾け、彼らの願いを解き明かす決意を固めた。そして、美月は霧の中で囁く声に導かれるまま、次の手がかりを求めて屋敷の更なる奥へと進んでいった。

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