第6話 薔薇の木に薔薇の花咲く

 今日、教授が見ているのは、植物園と思われる映像だった。

「やあ、モンジ君。一緒に行ってみないかい」


 教授に誘われて飛び込んだ先は、薔薇があたり一面に咲き誇る場所だった。


 たくさんの薔薇、薔薇、薔薇……。


 様々な種類の薔薇の花がある。色も微妙に異なり、大きさもそれぞれ。

 驚くほど大輪のもの、八重の薔薇、香りの強い品種……。

 小さな蔓薔薇つるバラがアーチを彩っている。

 そこは、中央の噴水を囲むように配置された広大な薔薇園だった。


 これは立体映像ではない、本物の薔薇だ。


「薔薇……ですね」

 僕はなんだか圧倒されて、それしか言えなかった。


 小さく笑った教授は

「薔薇の木には、毎年、間違いなく薔薇の花が咲くのだよ。実に興味深い」

「それは当たり前ではないですか。遺伝子でそう決められているのですから」

「そうだろうか。この1輪の薔薇の花が咲くためには、もちろん環境条件も必要だが、たくさんの手間がかかっているのだよ。愛情を込めて、大切に育てる人がいる。私はそれを尊い、と思う」

「尊い……ですか」

 僕にはよくわからない感覚だ。


 教授は目の前にある1輪の深紅の薔薇にそっと手を添えて

「見てごらん。このビロードのような花びらの上の朝露……実に、美しい。モンジ君、美しいのは花そのものではなく、花を見て美しいと感じる心なのだよ」


「美しい」とは何だろう……よくわからない。


 * * *


 コトノハ教授が、日本語を研究しているのは、その言葉の美しさに魅せられたからだそうだ。

 四季があった日本には、季語という季節を表す美しい言葉がたくさんあるのだという。


 僕達の世界に四季はない。気象技術が発達して、快適な環境にコントロールすることが可能となったからだ。

 海辺のリゾートやウィンタースポーツを楽しむ施設では、それぞれに適した環境を作り出している。それ以外の場所では、過ごしやすい一定の環境が保たれているのだ。


「私はこの美しい言葉を失くしたくないんだ」

 教授はそう言うが、僕にとっては既に使われなくなった過去の言葉だ。

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