第三話 ツイ廃ヒキニート、こじらせる。

気づけば、時計の針はもう六時を回っていた。昼ご飯も抜き出、殆どぶっ続けでやっていたのだ。

だが、まったくバカなことをしたとは思っていない。

なにせ、ゲームしている時の僕の立ち位置、いや座り位置は右に葵、左に神夜だったからだ。まさに、両手に花!

お陰で録にゲームに集中できなかった。

しかもお二人共僕にめちゃくちゃ密着してきて動こうにも動けない。

だが、そろそろ腹が減ってきた。それに、今日の朝から二人にインターホンを連打されたせいで眠い。


「さて、お腹へってきたし、そろそろ晩御飯にでもしないか?」


僕がそう言うと、神夜が目を輝かせて言った。


「何を作ってくれるんですか?」


僕はその言葉の固まってしまった。

何を食べるのか、ではなく、何を作ってくれるのかと言ったからだ。これで葵は完全に僕の手料理を期待しているはず。

恐る恐る僕は彼女の方を向いてみた。


あれ?あんま期待してない?


葵は、僕が考えていることを理解したようで、少し吹き出して言った。


「神夜ちゃん、半分ニートの煌くんに、料理なんてできるわけ無いでしょ?」


その言葉が、僕の心に火を点けた。ここまでさんざん舐められてきたが、料理を全くしないわけではない。何ならほとんど僕が作っている。

こうなれば、絶対にうまい料理を作って分からせる他無いだろう。


「いや、作るよ。何が良い?」


怪訝そうに僕を見つめる葵とは裏腹に、神夜はウキウキしながら何を食べさせてもらおうかと考え込んでいた。

そして、何かを思い出したように言った。


「じゃあ、懐かしの焼鮭定食でお願いします!帝自ら料理を振る舞うなんて、今までありませんでしたから、昔私が好きだった料理を、お願いします」


昔の帝と僕を重ねないでほしいが、とりあえず、神夜の頼みだ。ちゃんと作ってやろう。それから、葵にも許可を取った。


「葵も僕の手料理でいいよな?」


かつて無いほど不安そうな顔で見つめているが、一応葵は頷いてくれた。


取り敢えず冷蔵庫にタレに漬けられた鮭の切身があるかを確認した。一応三つあったのでこれを使うことにした。そして付け合せには、大根おろしを乗せたしらす、ワカメとタコの酢の物。そして鰹だしの味噌汁だ。味噌汁の具材は、豆腐、玉ねぎ、大根にした。


取り敢えず具材を切って、煮込んでいると、何を心配してか、葵も一緒にキッチンに並んだ。


「私も作るよ。煌くんだけじゃ、心配だからね。どんな料理を食べさせられるか分かったもんじゃないよ」


僕が彼女を睨むと、彼女は不敵な笑みを浮かべた。僕はそれには一切構わず、次に鮭の切身を用意した。

事前につけておいたタレから切り身を取り出し、グリルに突っ込んだ。そして、焼いている間に、小物を手際よく作り、ご飯を炊いている余裕はないのでパックのご飯を電子レンジに入れてチンした。


慌ただしく僕が動いているのを、葵は驚いて、神夜は不思議そうに見ていたが、僕がそれらに構うことはなかった。


そしてほんの十数分後、夕飯が完成し、僕は適当なサイズのさらにすべて盛り付け、葵を神夜の隣に座らせて二人の前に並べた。

長方形の机に、神夜と葵が隣り合って座り、それに向かい合うようにして僕が座った。


「「いただきます!」」


神夜は目をキラキラさせて、葵は少し顔を歪めてそれぞれ焼き鮭を口にした。


「...おいしい!」


真っ先に感想を言ったのは葵だった。本当に意外だったようで、目には若干涙が浮かんでいる。


「な、言っただろ。僕にだって多少料理は作れるんだ」


「ごめんね、煌くん...」


しょぼくれている葵の横で、ただひたすらに神夜は鮭と付け合せを順番に、それも礼儀正しく貪っていた。あの時代の食事マナーから現代も対して変わっていないんだなと思いつつ、僕も自分の料理を口にし、舌鼓をうった。


「「「ごちそうさまでした!」」」


手を合わせて全員でそう言って、僕は一人、大きくため息をついた。


「うまく行って良かった〜っ」


僕が伸びをしていると、神夜がお水をもらいますねと言って立ち上がった。


そして、僕の視界から、神夜が消えた。

それとほぼ同時に、ドサッという、生々しい音が部屋中にこだました。


僕より一歩早く、葵が反応して神夜に駆け寄った。


僕も慌てて駆け寄ってなにか声をかけようとしたが、葵はフッとため息の混じった情けない笑い声を漏らして、僕の方をちらりと見て言った。


「ただの風邪ね。ちょっと今日は無理しすぎたから、いつもはこんなに歩かないもの。引きこもりが仇になったのよ。煌くん、お願いがあるんだけど、二人共帰るに帰れないから、今日は私と神夜ちゃんを泊めてくれない?私の寝袋は一応あるけど...煌くんは入らないだろうし」


葵は申し訳無さそうに最後の言葉を言うのをためらった。

僕がリビングのソファで寝なければならないのだと思っているのだろう。

だが、その心配はない。


「今は僕の両親がシベリア旅行に行ってるから、親のベットを神夜に使わせるのはどうだ?あの人達は、もう暫く帰ってこないし、僕たちの感染リスクも減るだろうし」


彼女は一瞬ためらったが、すぐに頷いて神夜を両親の寝室まで運んだ。

そして二つあるベッドの片方に神夜を寝かせて、もう片方には荷物をおいた。


「さて、煌くん。ちょっと出ていってくれる?」


葵は僕に少し冷たく言った。疑問に思って聞いてみると、葵は意地悪そうに笑って、とある質問をした。


「じゃあ、煌くんが神夜ちゃんの服を着替えさせるの?私は知らないけど、もしも神夜ちゃんが途中で起きたりしたら...」


「...っはぁ。分かったよ。じゃあ出ていくから、さっさとしてくれ」


「はいはい」


葵は好きあらば僕を貶めようとするクセがある。

僕のペットになりたいんじゃなかったのか...?

いや待て。こう思わせること事態が葵の作戦だっていう可能性も、無きにしもあらずだ。少し警戒しておこう。


そう思って、僕は一人浴室へと向かうのだった。



簡素な畳に、簾から吹き込む七月の秋の風。目の前には帝が座っている。


「帝...」


これは夢の中だ。それははっきりと分かる。もう千年以上前に死んだはずの帝が、私の前に現れるはずがない。

でも、彼の姿は、忘れられない。

こうして夢の中にいるときですら、彼を前にして顔を伏せてしまう自分がいる。

どれだけ無礼でも良い。どれだけ顎が尖ってても良い。もう一度、貴方とあって話がしたい。


「カグヤ、君は、いつまで死した我に執着するつもりなのだ?」


いつもは夢の中で一切話さない帝が、初めて私に話しかけた。あのときのような優しい声ではなく、まるで怒っているかのような、鋭い声で。

私が何かを言う前に、帝は続けた。


「彼、煌と言ったか。君が言っている通り、魂の形は一緒なのだろう。だが、それはあくまで魂の側のみの話だ。我と彼では全くの別人と言っても良い。カグヤ、よく聞きなさい。彼に我の幻影を重ねるのは止めるのだ。そして、彼にまっすぐ向き合いなさい。そうすれば、私も君も、お互いに思い残すことはない」


帝の物言いに、私は少し腹が立って、ついカっとなって言ってしまった。


「しかし、帝は、私の薬を飲まずに焼いてしまったのでしょう?勝手に別れられても、私にはどうすることも出来ません。ただ悲しみ、苦しむしかなかった。それなのに、執着を断て、彼に向き合えと、知ったような口を聞かないでください」


ひどいことを言ってしまったと気づき、私は急いで口を噤んだ。帝は優しく微笑んで、私に近寄り、両頬に手を当てて、あの頃のように優しい声で言った。


「そこまで割れにものを言えるなら合格だ。さあ、胸を張ってお生きなさい。我より最後の文を送ろう。と言っても、少々こぢんまりとした歌でしか無いがな」


帝は少し離れて、簾をまくり、外へ出てから、最後の文を読み上げた。



つきをみて あゆみしこひじ みえざりて ただきみまつを ふぢのたかねに



ここで帝は詠むのを止めた。私が返歌をする前に帝は夏風邪に揺られ、灰燼に帰してた。私は涙をこらえ、天を仰いで言った。


「私の返歌も...聞いて下さいよ、帝」


私はその場に泣き崩れた。


そしてひたすら泣いた後、一人立ち上がり、ポツリと呟いた。


「ありがとう御座いました...帝」


そして簾をめくり、外界から隔離された部屋から、初めて外の世界に踏み出した。


その一歩は深く、地に根を張ったように重く、そして涼しいものだった。


私は深呼吸をして言った。


「では、皆様方。行ってきます」


誰も居ない屋敷に別れを告げて、私は十二単を脱ぎ捨てて、白く薄い衣一枚で外へと飛び出したのだった。

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