第二話 ツイ廃ヒキニート、家庭用ゲーム機で遊ぶ。

 ピンポーン


 僕は今、命の危機が危ない状況になっている。このように日本語がバグるくらい危ないのだ。


 ピンポーン


 これでもう百回目。もしも親が家にいれば、ここまでしつこくインターホンを押されることはなかったのだろうが。

 両親は今、絶賛シベリア旅行中だ。スマホには彼らの通知が度々入っており、それを見るたびに楽しそうな写真を見せつけてくる。


 こんなに楽しそうにしている彼らの度に水を差すわけにもいかず、僕は彼女らに対抗して籠城作戦を取ったのだが、それが今、間違いだったと思い知らされたのだ。


「帝!入りますよ!」


 神夜のその言葉と同時に、電子ロックが勝手に解除される音がした。神夜、やりやがったな。もしも僕の部屋まで突入してきたら、不法侵入で訴えるぞ。


 煌くーん、帝ー、と僕を呼ぶ声が一回から段々と二階に迫ってきている。僕はクローゼットの中に隠れて息を潜めていた。


 ほとんど機内よそ行きの服は、クローゼットの木の匂いが染み付いており、僕は何故か祖父の家でかくれんぼをしていたことを思い出した。


 よくこんなところで隠れていては、一緒に来ていた葵によく見つかったな〜。


 あれ?じゃあなんでここに居るんだ?見つかるじゃん。

 だが、そう思ったときには時すでに遅し。段々足音が近づいてきた。そして部屋に入られ、色々探索されている音がする。頼むからベッドのしただけは見ないでくれ!


 ガチャッ。

 あ。やっぱり葵に見つかった。


「煌くん、み〜っけ」


 葵は僕の服の裾を掴んで大根を硬い土から抜くかのように力いっぱい僕をクローゼットの中から引きずり出した。

 大きな音を立てて床に転がり落ちる僕の目に写ったのは、ベッド下をなれた手つきで漁り散らかす神夜の姿だった。


 僕が青ざめ、絶叫する傍ら、柔道をやっていた葵は僕を押さえ込んで押さえ込み、キラキラとした目で僕の机の下から出てくるものに見とれていた。

 次々に女二人の前に晒される僕の歴代の夜の友達。

 神夜は最初それが何なのか理解できていなかったが、一度ページを捲ると、一気に顔を赤らめて、僕を睨んだ。いやぁ、可愛い...じゃない。やめろ。

 そんな目で僕を見るな。この僕をッ、そんな目で見るな!何とは言わないけど扉が開くから!


 隙を見て、葵は僕の拘束を解いてその本を読み始めた。


「へ〜。煌くんって、こんなの読むんだ〜」


 一方、なんの反応も見せずに、まるで僕の選抜したメンバーがつまらないと言った様子でページを捲る葵に、僕は急いで彼女の手からそれらを取り上げた。

 僕廃棄が上がりながらもそれらをもう一度所定の場所に戻し、ベッドに背を向ける形で床に座り込んで、彼女たちにも取り敢えず座るようにだけ催促をした。


「まあ、何と言ったらいいか分からないけど、取り敢えず、追い出したら報復攻撃が来るだろうから、話は聞くよ。なんでここに来た」


 まず葵が嬉しそうに答えた。


「神夜ちゃんが煌くんの家に行ってみたいって言うから、煌くんとの先にお泊りできる権利と引き換えに煌くんの家を教えたんだ〜。だから、今一回の玄関先には私の着替えとかが一式置いてあるから、そこんとこ、ヨロシクね♥」


 なんで僕の権利は蔑ろに...って言っても無駄か。仕方ない。ここは腹をくくって一緒にお泊りしてやろうではないか!

 決して疚しい思いがあるとかそんなんじゃ無いんだからな!


 そして僕は次に神夜から話を聞いた。


「私は...帝が、本当に帝なのか、それが知りたくて...でも、良かったです。本当に帝なので、私の目はまだ腐ってはいませんでした」


「どういうことだ?話が全くつかめないんだが」


 僕が眉をひそめていると、葵が僕の顔を両手で挟み込んで、伸ばした。


「怖い顔しないの。神夜ちゃん、怖がってるでしょ?」


 僕はハッとして神夜に謝り、先程のことをもう一度聞いた。

 神夜は落ち着いてからゆっくりと話しだした。


「実は、信じられないでしょうが、帝と貴方は魂の形が一緒なんです。だから、貴方に帝の面影を重ねてしまっていたのかもしれません。でも、私は、あの頃の帝よりも今の帝のほうが好きです」


「ほう...何故?」


「昔の帝は、私が琴を弾いていたところに急に後ろから抱きついてきて自信有り気に私を口説き始めたからです。それに対して、貴方は抱きつかずに普通の人間の距離感で迫ってきてくれたんです。それで、ああ、ちゃんと昔忠告したことが今に生きてるんだなって思って、ちょっと安心したんです」


 魂の形とかなんとか言っているが、なんとなく言いたいことが分かったので、訳すとこうだ。

 昔の僕がキモすぎて、神夜にキレられ、そして今の僕はその欠点が綺麗サッパリ無くなっているということだろう。


 正直言って意味がわからないが、アニメや漫画でよくある展開が実際に起っていると考えれば、まだ大丈夫だ。


 僕が、取り敢えず脳内を整理するために散歩に出かけると言って立ち上がった時、葵が僕の服の袖を取って一緒に行くと言った。

 神夜は?と聞くと、彼女は暫くの熟考の末、遂に小さく頷いた。


 三人で玄関に降りると、葵の大量の荷物とリードと首輪が置いてあり、ゾッとした。僕が急いで靴を履いて外に出ようとした時、神夜が靴を玄関の寸前で止まった。


「神夜、どうしたんだ?靴はそれだろう?」


 僕が彼女の靴を指さして言うと、彼女は首を横に振って違うと言った。何が違うのかと聞いたところ、彼女は少し震えた声で言った。


「...さ」


「ん?神夜、なんて言ったんだ?」


「傘、忘れました...」


 神夜のその一言に、葵は青ざめて叫んだ。


「傘忘れちゃったの!?じゃあ、日暮れまで外に出れないじゃん!」


 さっぱり状況をつかめず、またひとり置いていかれている気がした僕を見て、葵は僕に説明をした。


「実はね、神夜ちゃんって日光が嫌いなの。日焼けが〜とか紫外線が〜とかじゃなくて、ただ純粋に太陽光が嫌いなの。だってね、神夜ちゃん、帝と別れてからずっとニートで陽の光なんか浴びてなかったんだよ?そんな神夜ちゃんが急に日光なんて浴びたらどうなるか...」


 確かに、数年引きこもったニートでも日光の浴びるのはキツイとは聞いたことがある。それが数百年、ともなると、どうなるかなんて分かったものではない。

 ビタミンD欠乏もいいところだ。

 月の住民と言っても、超能力のついた人間のようなものなんだろう。どんな生物だって、健康な生活を送らなければ不健康を体現した存在になる。


「それで、皮膚が弱くて日光に当たると痛くなったり痒くなったりするのか?」


 僕がそう聞くと、神夜はコクリと頷いた。

 そういえば、傘を持ってきていないのに今日の朝はどうやってここまで来たんだろうと思っていると、僕の考えを読み透かしたように葵が言った。


「今日は日の出前から家の前でスタンバイしてたからね。日光に当たる隙なんてなかったんだよ。ねえ、神夜ちゃんが外に出れないんだったらさ、皆でゲームでもしない?」


 そこで、僕は初めて彼女がやけに僕の考えを読み透かした言動の意味がわかった。


「図ったな...葵!」


 僕が怒ると、彼女はあざとく肩をすくめて笑って言った。


「な~んのことかな〜?」


 神夜は葵がゲームをしたいがためにここまで手の込んだ仕掛けを作られていたことにはまだ気づいておらず、困惑していた。

 僕は暫く葵を睨みつけていたが、葵はそっぽを向いて肩を震わせるだけで、何も言わなかった。


「...はぁ。分かった、もう良いよ。言う通りにするから。準備を手伝ってくれ」


「は〜い」


 僕が折れると、葵は嬉しそうに返事をしてゲーム機のセットを開始した。

 僕がいつもやっているゲームはPCゲームだが、一応収納の奥に家庭用ゲーム機も存在している。


 二階の収納からゲーム機の箱を出してきてホコリをある程度払ってから、箱を開け、中にあるコードが絡まっているのを見て葵と顔を見合わせ、少し笑ってみせた。


 二人で四苦八苦しながらコードを解いていると、神夜が勝手に冷蔵庫を開けて、中にあったサイダーを取り出して、皆で飲みませんかと言った。

 彼女は家主である僕の返答を待たずに、もうコップを三つ出していた。そして勝手にサイダーを注いで、早くしてくださいよ〜と僕たちを急かした。


 なんとか説明書を読みながらゲーム機をセットしてボタンを押した。


 つかねえ。壊れてたんだな、これ。


「壊れてるから...どうするかな。まあ、僕もやりたいゲームあったし、買いに行くか。二人共、じゃないな。葵、一緒に行くか?」


 葵は犬が尻尾を振って喜ぶが如く、頭のてっぺんから生えているアホ毛をブンブンと振って頷いた。


 僕が神夜に留守番をするように言って、身支度を簡単に整えた後、葵と一緒に近くの家電量販店まで徒歩で向かった。


 じりじりと照りつける七月の太陽と、梅雨終わりのジメッとした空気に眉をひそめ、僕はスマホ片手に足早に歩いた。

 葵はなんとも内容で、なおもアホ源を振りながら二十四歳とは思えないような、何の恥じらいもない行進をしていた。


 そして歩くこと十数分、遂に僕たちは家電量販店前までやってきて、店内に突入した。

 一気に下る気温に緊張がほどけ、大きくため息をついた。

 店内のゲーム機の広告の案内に従って僕は歩いていた。

 ここから葵と別れて、葵はソフト担当。僕はゲーム機本体担当として動くことにした。なにげにこんなところに一人で来るなんて今のPCを買った時くらいだ。つまり、七年程前のことになるのだろう。


 結局、あの頃から何も僕は変わっていないんだろうな。まあ、それでも良い、それが良いんだ。


「えーっと、これだな」


 僕が手を伸ばした商品棚には最新のゲーム機である『Play Terminal 5』が並べられており、今なら何と四万五千円というポップ付きだったが、イマイチこれが高いのか安いのかはわからない。

 取り敢えずレジに向かおうと思って商品を持ってみると、箱の上に葵がソフトを乗せた。『On The World -WWⅣ-』か。最新のディストピア系FPSか。まあ悪くないチョイスだろう。最大プレイ人数は四人。コントローラーも本体付属品のものと合わせてあと二つは買っておこう。


 ◆


「ありがとうございました~」


 店員の暑さを知らない明るい声が店内に響き、僕たちは店を後にした。


 そこからは一瞬んで帰宅し、クーラーを浴びながらゲーム機をセットした。


 ボタンを押すと、つかない。もしや、コンセントのほうが壊れてるのかと思って別のコンセントを使ったところ、ついた。

 若干嫌な予感がして前のゲーム機のプラグをもう一度そのコンセントに指してボタンを押した。


 ついちゃった。


 僕は大きくため息をついて床に寝そべって葵に後は丸投げした。彼女は少し笑ってゲーム機の片付けとセットをしてくれた。炭酸の抜けたサイダーを一気に飲み干して、もう一杯、神夜に注いでもらった。


 あれ?なんか僕、偉い人みたいな振る舞いしてんじゃん。でもまあ、乗り込んできてるのはコイツラだから、多少は良いだろう。


「煌くん、出来たよ!ほら、神夜ちゃんも、やろうよ!」


 僕はエイヤと声を上げて起き上がり、あぐらをかいてテレビ画面に映るゲーム画面を眺めた。


「久しぶりだな、こんなこと」


 不意にこぼれ落ちたその言葉を急いで拾おうとしたが、誰にも聞かれてはいなかったようで、ほっとして胸をなでおろした。


 それから、数時間僕たちは一つの画面に向かって笑い転げていたのだった。

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