ショーマストゴーオン!

大きく、息を吸う。そして、息を吐く。私は海原を見渡した。遥か遠くに見える地平線に太陽が顔を出そうとしている。足元の砂はサラサラしていて暖かい。

 

「あーーーー」


 お腹に手を当て、太陽に向かって声を出す。真っ直ぐに、あの太陽に届くように。

 風が止んだ。陸風と海風が入れ替わるタイミング。朝凪。

 生きていることを自覚する。

 風のない静かな海で、ひとり声を響かせる。

 海の蒼さ、自分の声、潮の匂い、さっき飲んだ麦茶の仄かな味、朝のパリッとした感覚。どれもが綺麗に光る。

 少し黙って、目を瞑る。


 大きな劇場に敷き詰められた観客。そのひとりひとりが心から楽しみ、笑ったり感動で目を潤ませたりしている。彼らが見ているのは舞台。舞台の上にはキラキラと輝く私。スポットライトを浴びて、観客の拍手を浴びて…うん。考えただけで最高。


「よっしゃぁ。やってやりますか!」


 拳を空へ突き上げた。


 私の名前は織部おりべ花歩かほ。15歳。今日は東京へ引っ越す日。高校も東京だ。

 私には夢がある。舞台でキラキラ輝く役者になること。そのために今日、東京に住んでいる大学生のお姉ちゃんの家に私も引っ越す。

 東京にはいくつか劇団があるけれど、私が入りたいのは『劇団・スターダスト』。

 女子劇団だ。有名だし、実力もある。そしてなんと…スターダストには入団オーディションがない。入ろうと思えば誰でも入れるのだ。まあ、そのおかげで団員の数はとんでもないことになり、毎公演のキャストオーディションの倍率はとんでもないことになるらしいが…。それでも入りたいのだ。

 でも、振り返ってみると、小学校と中学校では主役をやった記憶がない。いっつも、主役の友達やら妹やらの役だった。少し不安だけど、きっと大丈夫。あの劇団で、初の主役を掴んでみせる。


 始発の電車に乗り、東京に向かう。休憩含めて5時間くらいかけて、やっと東京駅に到着できる。そこからまた30分かけてようやくお姉ちゃんの家だ。

 アイボリーのスーツケースと大きめのボストンバッグ。我ながらシンプルだなぁとは思う服装。パーカーにズボン。

 ん…?もしかして、東京だとこの格好はダサい…!?

 窓の外をみると、桜の木が並んでいる。東京の女子高生はあんな可愛い色のスカート履いちゃうのかな…。いや、ピンク色がそもそもダサい?あれ、不安だなぁ。ちょっと待って、ポニーテールってダサかったりする?スニーカーってダサいのかな。全てがダサいのでは…!?と思ってしまう。

 そんな悶々とした気持ちで東京駅に降り立った。


「おおぉぉぉ〜…!」


 めっちゃ高いビル!多い通行人!東京すげー!

 現在10時半くらい。なんだかんだ早いな〜。お姉ちゃんが待っているから早く行かないと…。


♢♢♢


「お〜久しぶり〜。」

「久しぶり〜!もうほんと大変だったよ〜!人多すぎ!電車もなんかいっぱいあるし駅の中で迷子になるし!」

「お疲れ〜。花歩の部屋そこね。」

「ありがと〜。」


 織部真穂まほ。私のお姉ちゃん。彼氏がいて、料理が得意。言ったことはないけれど、自慢のお姉ちゃんだ。今は栄養士を目指して勉強中。

 元々将来、この部屋は私のものになる予定だった。それが前倒しになったのだ。

 荷物を置いて、ベッドに寝っ転がる。天井が違うなぁと素直に感じた。

 …お腹減った。お昼ご飯にしよう。


「お姉ちゃん、お昼ご飯食べようよ〜。」

「いいけど…私が作ったやつで大丈夫?」

「うん。」


 出てきたのは美味しそうなオムライスだ。お姉ちゃん曰く、「久しぶりに作ったから自信ない」らしいけど普通に美味しい。これは彼氏さんも嬉しいだろうな〜。なんだっけ…翔さん?

 午後は見学に行く。できれば今日、入団してしまうつもりだ。

 東京は、海の匂いがしない。でも、スマホの写真からは、いつでもくっきりと香るのだ。お母さんとお父さんを思い出して少し目が潤む。でも、もう決めたんだ。私はここで頑張るって。

 お母さんが言った。


『辛かったりダメだったらいつでも帰ってきていいからね。』


 ごめんね、お母さん。私、絶対帰らないから。なんとしても叶えたいんだ。

 トロトロの卵を口に入れた。


 食べ終わり、昔からずっと使っているショルダーバックに荷物を入れる。

 ハンカチ、ティッシュ、スマホ、交通系のカード、財布…あとはまあいいか。見学行っても、本当に見るだけ。動きはしないのだから。お姉ちゃんに連絡してから、家を飛び出した。


「どこぉ…?」


 はい、早速迷子になる。いや、迷子ではない。何線に乗ればいいのか分からないのだ。さっきからずっとスマホと睨めっこしている。

 途中までは勇ましくきたものの、すっかり自信をなくしてしまう。いいや、頑張れ私!たかが電車だ!


「『劇団・スターダスト』…『劇団・スターダスト』…。」


 呪文のように呟きながら路線を検索する。ん?オレンジ色に乗ればいいのか?ん?青から紫…?


「…あのっ。」


 誰かから声をかけられた気がして顔を上げると、そこには同い年位の髪の長い女の子が立っていた。少しおどおどした雰囲気で、視線をしどろもどろに動かしている。


「…スターダストに行く人ですかっ…?」


 可愛らしい声が細々と帰ってきた。


「そうだけど…もしかしてあなたも行くの?」

「はい…!」


 こくこくと頷いてくれて、嬉しくなってしまう。仲間を見つけた!


「やったぁ〜!私、織部花歩!あなたは?」

宮前みやまえ優菜ゆうなです…。」

「よろしくね、優菜ちゃん!…で、優菜ちゃんって電車詳しい?私東京来たの初めてで…。」

「…私分かるので、案内しますっ…。」

「ありがとう!」


 そのまま、優菜ちゃんに連れられるまま劇場へ向かう私であった。

 優菜ちゃんも演劇に興味があるらしく、今日、私と同じように見学に来た人らしかった。


「…大きいね〜。」

「ですね…。」


 案内係の人に案内され、ホールの中へ入る。ここがスターダスト。なんだか緊張してしまう。優菜ちゃんの表情も硬いものになっていた。

 スターダストは主に四つの組みがある。

 まず「花組」。これは華やかで歌やダンスなどを取り入れたものを演じている。誰でも見れる、王道を行く組み。

 次に「鳥組」。これは、言わば最新の作風。インターネットやSNSを題材にした作品が多い。演出が凄いことでも有名だ。

 そして「風組」。これは日常に寄り添ったものが多い。中学・高校演劇と近いものがある雰囲気だ。一番馴染みやすい。

 最後に「月組」。これは、主にサスペンスやミステリー、恋愛悲劇などが多い。一定数コアなファンがいることでも有名。

 今日は花組が舞台で練習していた。それ以外の組は別のホールか練習場だろう。


「あ…。」


 思わず声が出る。舞台中央あたりで、台本片手に動きを確認している人物がいた。椿つばきさんだ。花組の絶対的エース。

 歌もダンスも演技もできて、演出についても詳しい、まさに完璧オールラウンダー。私も、初めて憧れた人は椿さんだ。やばい。生の椿さんがそこに立っている。

 25歳以下まで団員でいることのできるスターダストで、椿さんは今24歳。さすがとしか言いようのない貫禄もあった。


『この声が、あの方へ届くことを願って…。』


 たった一言。それなのに中に隠れた悲しみが伝わってくる。雰囲気が大きく変わった。

 悠々とした音楽が流れ始め、椿さんが歌い出す。

 一瞬で誰もが引き込まれた。何か強い引力が働いているようだ。椿さんの歌が心臓に響き、血管を伝って全身に広がる。椿さんの涙一粒が、輝いて見える。瞬きができない。いや、したくない。

 椿さんが歌うのをやめると、みんな魔法から解けたように動き出す。これが花組。これがスターダスト。すごい。私もあんなふうになれるのだろうか。なってみたい。


「…すごいね。」

「はい…。」

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