ショーマストゴーオン!
大きく、息を吸う。そして、息を吐く。私は海原を見渡した。遥か遠くに見える地平線に太陽が顔を出そうとしている。足元の砂はサラサラしていて暖かい。
「あーーーー」
お腹に手を当て、太陽に向かって声を出す。真っ直ぐに、あの太陽に届くように。
風が止んだ。陸風と海風が入れ替わるタイミング。朝凪。
生きていることを自覚する。
風のない静かな海で、ひとり声を響かせる。
海の蒼さ、自分の声、潮の匂い、さっき飲んだ麦茶の仄かな味、朝のパリッとした感覚。どれもが綺麗に光る。
少し黙って、目を瞑る。
大きな劇場に敷き詰められた観客。そのひとりひとりが心から楽しみ、笑ったり感動で目を潤ませたりしている。彼らが見ているのは舞台。舞台の上にはキラキラと輝く私。スポットライトを浴びて、観客の拍手を浴びて…うん。考えただけで最高。
「よっしゃぁ。やってやりますか!」
拳を空へ突き上げた。
私の名前は
私には夢がある。舞台でキラキラ輝く役者になること。そのために今日、東京に住んでいる大学生のお姉ちゃんの家に私も引っ越す。
東京にはいくつか劇団があるけれど、私が入りたいのは『劇団・スターダスト』。
女子劇団だ。有名だし、実力もある。そしてなんと…スターダストには入団オーディションがない。入ろうと思えば誰でも入れるのだ。まあ、そのおかげで団員の数はとんでもないことになり、毎公演のキャストオーディションの倍率はとんでもないことになるらしいが…。それでも入りたいのだ。
でも、振り返ってみると、小学校と中学校では主役をやった記憶がない。いっつも、主役の友達やら妹やらの役だった。少し不安だけど、きっと大丈夫。あの劇団で、初の主役を掴んでみせる。
始発の電車に乗り、東京に向かう。休憩含めて5時間くらいかけて、やっと東京駅に到着できる。そこからまた30分かけてようやくお姉ちゃんの家だ。
アイボリーのスーツケースと大きめのボストンバッグ。我ながらシンプルだなぁとは思う服装。パーカーにズボン。
ん…?もしかして、東京だとこの格好はダサい…!?
窓の外をみると、桜の木が並んでいる。東京の女子高生はあんな可愛い色のスカート履いちゃうのかな…。いや、ピンク色がそもそもダサい?あれ、不安だなぁ。ちょっと待って、ポニーテールってダサかったりする?スニーカーってダサいのかな。全てがダサいのでは…!?と思ってしまう。
そんな悶々とした気持ちで東京駅に降り立った。
「おおぉぉぉ〜…!」
めっちゃ高いビル!多い通行人!東京すげー!
現在10時半くらい。なんだかんだ早いな〜。お姉ちゃんが待っているから早く行かないと…。
♢♢♢
「お〜久しぶり〜。」
「久しぶり〜!もうほんと大変だったよ〜!人多すぎ!電車もなんかいっぱいあるし駅の中で迷子になるし!」
「お疲れ〜。花歩の部屋そこね。」
「ありがと〜。」
織部
元々将来、この部屋は私のものになる予定だった。それが前倒しになったのだ。
荷物を置いて、ベッドに寝っ転がる。天井が違うなぁと素直に感じた。
…お腹減った。お昼ご飯にしよう。
「お姉ちゃん、お昼ご飯食べようよ〜。」
「いいけど…私が作ったやつで大丈夫?」
「うん。」
出てきたのは美味しそうなオムライスだ。お姉ちゃん曰く、「久しぶりに作ったから自信ない」らしいけど普通に美味しい。これは彼氏さんも嬉しいだろうな〜。なんだっけ…翔さん?
午後は見学に行く。できれば今日、入団してしまうつもりだ。
東京は、海の匂いがしない。でも、スマホの写真からは、いつでもくっきりと香るのだ。お母さんとお父さんを思い出して少し目が潤む。でも、もう決めたんだ。私はここで頑張るって。
お母さんが言った。
『辛かったりダメだったらいつでも帰ってきていいからね。』
ごめんね、お母さん。私、絶対帰らないから。なんとしても叶えたいんだ。
トロトロの卵を口に入れた。
食べ終わり、昔からずっと使っているショルダーバックに荷物を入れる。
ハンカチ、ティッシュ、スマホ、交通系のカード、財布…あとはまあいいか。見学行っても、本当に見るだけ。動きはしないのだから。お姉ちゃんに連絡してから、家を飛び出した。
「どこぉ…?」
はい、早速迷子になる。いや、迷子ではない。何線に乗ればいいのか分からないのだ。さっきからずっとスマホと睨めっこしている。
途中までは勇ましくきたものの、すっかり自信をなくしてしまう。いいや、頑張れ私!たかが電車だ!
「『劇団・スターダスト』…『劇団・スターダスト』…。」
呪文のように呟きながら路線を検索する。ん?オレンジ色に乗ればいいのか?ん?青から紫…?
「…あのっ。」
誰かから声をかけられた気がして顔を上げると、そこには同い年位の髪の長い女の子が立っていた。少しおどおどした雰囲気で、視線をしどろもどろに動かしている。
「…スターダストに行く人ですかっ…?」
可愛らしい声が細々と帰ってきた。
「そうだけど…もしかしてあなたも行くの?」
「はい…!」
こくこくと頷いてくれて、嬉しくなってしまう。仲間を見つけた!
「やったぁ〜!私、織部花歩!あなたは?」
「
「よろしくね、優菜ちゃん!…で、優菜ちゃんって電車詳しい?私東京来たの初めてで…。」
「…私分かるので、案内しますっ…。」
「ありがとう!」
そのまま、優菜ちゃんに連れられるまま劇場へ向かう私であった。
優菜ちゃんも演劇に興味があるらしく、今日、私と同じように見学に来た人らしかった。
「…大きいね〜。」
「ですね…。」
案内係の人に案内され、ホールの中へ入る。ここがスターダスト。なんだか緊張してしまう。優菜ちゃんの表情も硬いものになっていた。
スターダストは主に四つの組みがある。
まず「花組」。これは華やかで歌やダンスなどを取り入れたものを演じている。誰でも見れる、王道を行く組み。
次に「鳥組」。これは、言わば最新の作風。インターネットやSNSを題材にした作品が多い。演出が凄いことでも有名だ。
そして「風組」。これは日常に寄り添ったものが多い。中学・高校演劇と近いものがある雰囲気だ。一番馴染みやすい。
最後に「月組」。これは、主にサスペンスやミステリー、恋愛悲劇などが多い。一定数コアなファンがいることでも有名。
今日は花組が舞台で練習していた。それ以外の組は別のホールか練習場だろう。
「あ…。」
思わず声が出る。舞台中央あたりで、台本片手に動きを確認している人物がいた。
歌もダンスも演技もできて、演出についても詳しい、まさに完璧オールラウンダー。私も、初めて憧れた人は椿さんだ。やばい。生の椿さんがそこに立っている。
25歳以下まで団員でいることのできるスターダストで、椿さんは今24歳。さすがとしか言いようのない貫禄もあった。
『この声が、あの方へ届くことを願って…。』
たった一言。それなのに中に隠れた悲しみが伝わってくる。雰囲気が大きく変わった。
悠々とした音楽が流れ始め、椿さんが歌い出す。
一瞬で誰もが引き込まれた。何か強い引力が働いているようだ。椿さんの歌が心臓に響き、血管を伝って全身に広がる。椿さんの涙一粒が、輝いて見える。瞬きができない。いや、したくない。
椿さんが歌うのをやめると、みんな魔法から解けたように動き出す。これが花組。これがスターダスト。すごい。私もあんなふうになれるのだろうか。なってみたい。
「…すごいね。」
「はい…。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます