無名旅士の気ままな日々(仮)

 旅とは、住んでいる場所を離れて遠く出かけること。旅士たびしとは、まだ見ぬ地へ憧れる者。


 「一級旅士ってなぁに?」

「旅士の中で、一番力がある人…かな。」

「力?」

「うん。数年に一度テストがあってね?そこで認められれば一級になれるんだよ。」

「一級以外には何があるの?」

「二級と三級があるんだよ。」

「お父さんはなに?」

「僕は一級かな。認められたからね。」

「へ〜!すごーい!」

「ありがとう。」

「じゃあ私、お父さんと同じ、一級旅士になる!それで、行ったことのないところにいっぱい行く!」


 でも、ごめんねお父さん。私…


「ランク無しで生きていきたいの!」


 まだ明け方の、爽やかな空気。土路を歩き慣れたブーツで踏み締める。オレンジ色のスカーフが風に揺れ、同じ色の大きなリボンが頭の上で揺れる。

 もう16歳。もう立派な大人だ。しかし、三級試験は受けたくない!だって、めんどくさいじゃん?それに、堅苦しい肩書きは嫌いなのだ。さあ、今日はどこに行こうか。


「…はあ…。」


 地図を開いたくせにため息をひとつ。

 本当なら、試験を受けるべきなんだろうな。本当なら、どこかのパーティーにでも所属してダンジョン攻略とかを手伝わなきゃいけないんだろうな。本当なら…こんなこと、するべきじゃないんだろうな。

 …でも!私は心のままに生きていくことを決めたのだ。10歳の頃からそれでずっと生活してきた。

 よし!どこに行こう。

 

「ん?」


 馬車の音がする。地図から目線を上げると、後ろから同い年くらいの女の子がやってきていた。あの荷台…商人!ちょうどチーズを切らしたところだ。ぜひ購入したい。


「すみませーん!」


 馬車に近寄り、女の子に声をかける。二つ結びの髪が印象的な、可愛らしい子だ。


「あ、旅士の方ですか?」

「はい!何かものは売っていませんか?」

「えーとそうですね…。」


 ひょいと荷台に移って、袋を開く。まだ全部を把握しきれていないあたり、多分新人。


「卵、チーズ、ハム、パンなどですね。」

「じゃあチーズをひとつ。」

「はい!えーと、銅貨3枚でいかがでしょう。」


 安い。本当に新人らしい。多分、まずは少しでもお金を貯めるために安く値段を設定しているのだろう。普通なら銅貨5枚くらいなのにな。


「随分安いですね。もっと買って行こうかな…。」

「そ、それなら!昨日珍しいものを仕入れて…。これです!」


 そう言って見せられたのは、シュレー山の岩塩だった。岩塩と言っても、すでに粗めに砕かれ、瓶に詰められたもの。確かに、シュレー山の岩塩は希少なものだ。きっと質がいいのには変わりない。塩はまだ少し残っていたはず。でも、この子のためにも買ってみてもいいかもしれない。


「じゃあそれも。」

「ありがとうございます!それでは合計、銅貨15枚でいかがでしょう。」


 うん、安い!しょうがないので、おまけして銀貨を1枚渡しておいた。


「えぇ!?いいんですか!?」

「うん!でもその代わり、馬車に乗せてくれない?」

「もちろんです!」


 座るスペースを開けてくれて、隣に並んで腰掛ける。大きいリュックは荷台に置かせてもらった。チーズには保冷魔法をかけておく。


「旅士さんはどこに行くんですか?」

「旅士じゃなくて、ニコって呼んで。えっとねーまだ決めてないんだけど、商人さんはどこに行くの?」

「私もナナと呼んでください!私はこの先のミレートという街に行こうと思います。そこで、冒険者の方々に買ってもらおうかと。」

「あー確かにダンジョンが近いらしいしね?」

「はい!」

「じゃあ私もついてこうかなー。」

「いいんですか!?ちなみに、旅士のランクの方は…?」

「ないよ!」

「へぇ〜……え!?ないんですか!?」

「うん。めんどくさくてさ〜。ランクどのくらいだと思ってた?」

「二級くらいかと…。」

「あはは!まさかないとは思わないよね〜。」


 それから思い出話やら最近のダンジョン情報などでひたすら時間を潰した。

 やっぱりナナは新人だった。二週間前に始めたばかりらしい。あの岩塩も、やっとの思いで手に入れたのだとか…。でも、とても毎日は充実しているようだ。仕入れて、売って、値段を見直して…。そのサイクルがナナには合っているらしい。


 もう日は真上に登り始め、そろそろお腹も空いてきた。ナナもお腹の音を鳴らし、お昼ご飯ということになった。

 まず、ナナと自分の分のパンの耳を落とす。そして火を起こし、フライパンの上に卵を落とす。


「燃焼魔法まで使えるんですか!?すごいです!」

「ありがと〜。そして、パンにハム、さっき買ったチーズ、卵を乗っけてパンを重ねて…半分に切る!はい、サンドウィッチの完成!」

「やったー!お料理上手ですね!」

「まあ伊達に旅士やってないんで?余ったパンの耳は、ラスクにしといたよ!」


 シンプルながらも底知れない可能性を秘めた食べ物に二人でかぶりつく。


「美味しい!」


 やっぱりこれだ。原点の美味しさ。互いが互いを引き立て合って、最高の一品に仕上げている。

 そして再び、ラスクをつまみながら馬車を走らせていった。


♢♢♢


「よし、店準備完了!」

「やったー!」


 もう夕方だが、なんとか店準備を終えることができた。ミレートは山に面しており、ダンジョンも、ほぼ街に併設する形で入口があるようだ。

 早速若い冒険者たちが商店に寄ってくる。


「パンはあるかい?」

「はい!えーと、ひとつ銅貨4枚…」

「って言いたいんですけど、最近あんまり手に入ってなくてー。」


 ナナが驚いた様子でこちらを見る。私は任せて!とウインクしておいた。

 

「ひとつ銅貨6枚でいかがでしょう?」

「あまり手に入ってないのならしょうがないな。じゃあそれで人数分。」


 ナナの肩をポンと叩く。ナナは嬉しそうだった。確かに最近、麦の収穫率は少し落ちているらしい。でも、銅貨2枚分ほどではない。せいぜい1枚。こちらの儲けだ。


「合計で銀貨1枚と銅貨10枚になります。」

「これでいいかい?」

「はい!ちょうどですね。ありがとうございました。」


 冒険者たちが立ち去り、ナナがこちらを向く。


「ニコは商人なんですか…?」

「いやいや。ちょっと誇張しただけだよ。それじゃあ私はそろそろ行くとするかなー。」

「ありがとうございました!」

「こっちもありがとう!頑張ってねー!」


 そう言って手を振った。多分あの子は伸びる。ただの勘だけど。

 さあ、今日はここら辺で一泊していこうかな。

 その時だった。


「ねえ君。」

「え?」


 振り向くとそれは…冒険者だ。しかもリーダーっぽい、若い男性。魔法使いと戦士、僧侶もいる。


「なんですか?」


 できるだけ不機嫌に尋ねる。


「今、旅士を探しているんだけど、うちのパーティーに入る気は」

「ありません。」

「即答…。お金ならきっちり払うよ?」

「無理です。」


 こっちは1日でも無駄にしたくない。パーティーに加わるなんてごめんだ。


「それに私…ランクないですよ?」


 ほら見た。後ろで聞いていた戦士たちが騒ぎ出した。これで入らなくて大丈夫だな。


「大丈夫だよそのくらい。」


 え?

 この人…了承した!?嘘でしょ!?ありえない!

 

「この街にあるダンジョンを攻略したい。銀貨30枚でどうかな?」

「………。」


 かなりのお金だ。最近ちょっと少なくなってきてたし、ここらで稼いでおこうか…でもパーティー…。


「…攻略するまでだからね。」


 結局、お金には屈することしかできなかった。

 リーダーらしき男はローレン、魔法使いのサラ、戦士のラント、僧侶のニクベル。みんなそれなりに腕は立つ者らしい。明日の朝、市場の時計塔前に集合。各自武器などの準備をしておくこと。


 適当な宿のベッドで改めて持ち物を確認しておいた。久しぶりのダンジョン。途中で魔物や仕掛けが出るかもしれない。一応短剣を取り出しやすい位置にセットしておく。


「絶対早めに終わらせてやる…。」


 1日でも無駄にしたくないのだ。


「おはよう。」

「おはようございます。今日はよろしくお願いします。」


 律儀に挨拶して、他の仲間を待つ。そして全員揃ったところでローレンが仕切る。


「さあ、ということで全員揃ったわけだが…今日の目標は?とりあえず半分くらいかな?」

「ダンジョン攻略です。」

「…奥まで行くのかよ。」

「いえ。戻ってきます。」

「え!?最低でも2日はかかるのよ?」

「大丈夫です。」

「随分と思い切りますね〜。」

「それじゃあついてきてください。」


 ダンジョンの入り口で深呼吸をひとつ。

 このダンジョンは、トラップやら迷路やらが多いことで有名だ。まさに旅士の腕の見せどころ。敵もそんなに強くないし、まあ今日中に戻ってこれるだろ。

 どんなに攻略され尽くしたダンジョンでも、自力で解きたいのが冒険者だ。もちろん攻略法は聞いていない。


 ダンジョン内の階段を降りて、さっそく分かれ道。


「迷路…。こっちです。」

「何か分かったの?」

「勘です。」

「大丈夫かよ…。」

「あ、そこスイッチなので気をつけて。」

「うわっ。」

「これは大変そうですねぇ〜。」


 魔法地図を表示して、全体像を把握する。かなり入り組んでいるが、中心部を目指せばいいだけのこと。楽勝すぎる。

 こう行って…ここで右に曲がって…ここをまっすぐ…。よし。覚えた。


「行きましょう。こっちです。」


 そして右に曲がると、何やらペコペコと足音が聞こえてくる。これは…。


「歩くキノコだな。」


 ラントが私を気にしながら言う。だが心配ご無用。あんなの超初歩モンスターじゃないか。

 短剣を取り出して、頭頂部をめがけて突くように投げる。ドサッと音がしてキノコは倒れた。


「おみごと。」

「このくらい普通です。」


 そんなことをしながら迷路を進んで行った。

 途中、サラに今まで経験したことを聞かれたので多少旅の話はした。


「さっきのキノコの倒し方とか地図の見方からして、結構手練れに見えるけどランクはないのね。」

「はい。めんどくさかったので。」

「魔法は使えるの?」

「はい。保温、保冷、燃焼、地図表示、バリアくらいなら。」

「すごい!どの程度の魔物なら倒せるの?」

「試したことはないですけど…。水妖精は倒したことあります。」

「え!?結構強くない!?」

「2人とも。階段が見えてきたぞ。」

「本当に迷わず着いちまった…。やっぱ旅士は違うんだな。」


 一旦ここで昼食ということになった。サラが魔法陣を描き、そこに魔力を流し込む。すると、大きめな鍋の上に置いた油が伸び始めた。

 魔法陣は書けないので、こういうのは便利だと思う。いちいち火を起こさなくていい。

 切った野菜と肉を投入して炒める。玉ねぎがしんなりして、肉に焼き目がついたら水を加えて、さらにこれも加える。


「はちみつですか?」

「はい。まろやかになるので隠し味に使います。」


 そのまま灰汁を取りつつ煮込んで、具材が柔らかくなったらルーを入れる。そしてさらに煮込む。


「こんなのどこで手に入れたんだい?」

「商人から買いました。珍しいものだし、便利なので。もういいかな…?…完成です。パンは燃焼魔法でトーストしておきました。」


 やっぱり美味しいカレーの出来上がりだ。まずこれで間違いはない。我ながら上出来だった。まろやかでありつつも、少しスパイスがピリリと聞いていて食欲が増す。

 多めに作っておいてよかった。ローレンやラントは予想通り、たくさん食べるタイプだ。


「ご馳走様!おいしかったよニコ!」

「…それはどうも…。」

「あれ〜?照れてる〜?」

「照れてないです!」

「…そろそろ敬語、やめてもいいんじゃない?まあニクベルみたいにそれが癖になってるなら止めないけど。」

「…じゃあ、これからはタメ口で…。」

「やったーよろしくねー!」

「もう…あんまりくっつかないでよ。」


 なぜだろう。この空間が、少し楽しかった。

 

 後片付けをしたら、階段を降りてさらに深くに潜る。すると、道は閉ざされていた。いや、絶対どこかにある。壁を触って違和感はないか確かめる。

 あ、ここのレンガだけ少し飛び出てる…?押し込んでみると、やはりゴゴゴ…と動いて道ができた。ニクベルが拍手している。

 少し一段上がって、さらに道を進もうとした時だった。

 ふぎゃ!とカエルの潰れたような声が聞こえる。振り向くとサラが倒れていた。あの一段につまずいたか。


「擦りむいたー。」

「はいはい。少し待ってくださいね〜。」


 すぐにニクベルが聖典の魔法で完治させる。本当に治癒技術に関しては聖典魔法には頭が上がらない。彼らはそれがメインだと言ってもいいくらいなのだから。



 続く…?

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