ちょっと、ちょっと、もっと

『ねーねー』

『ん?』

『この問題分かる?』


 分かる問題を、わざと分からないフリをして聞いてしまう。


『体育祭の種目決まった?』

『まだ。』

『そっかー。』


 変な質問を繰り返す。

 あーあ。バカだな、私。


 私は今年の3月下旬に、人生初の彼氏ができた。いわゆるリア充。でもよく見るカップルのようにキャッキャウフフしていない。

 いや、元々求めないようにはしていたのだ。だって相手が相手だから。私の彼氏は犬か猫かで言ったら圧倒的な猫。なかなか本音は言わないし、自分から積極的にアプローチもしない。だから告白の時は死ぬほど驚いたのだ。


 …ちょっと会いたい。いや、マジでちょっと。ほんとに『ちょっと』だから!


 だって高校ちがうし、ちかごろ会ってないし、話したいし…?

 いや、断じてイチャイチャしたいとかじゃない。まあ多少はうらやましいと思ったこともあるけど、まああんな感じなんで?期待してないですけど?


 思い切って、音声通話ボタンを押した。


『ん?どーした?』

「…なんでもない。」

『ちょっと機嫌ナナメじゃん。』

「気のせいでしょ。」

『…今、コンビニいるけど来る?』

「え!?行く!」


 コンビニの場所を聞くやいなや、すぐにドタバタと身支度を整え、ダッシュで向かう。いきなり走ったせいなのか、別の理由なのか、ドクドクと心臓がうるさかった。


「お待たせ…!」

「あはは。すごい息切れてる。これどーぞ。」


 渡してくれたのはレモンティーだった。

 爽やかな風味が心地よく喉を潤す。


「受験の時、好きだって言ってたじゃん。」

「あ、確かに言ったかも。」


 ちなみにそいつが飲んでいたのはサイダーだ。レモンティーとサイダー。一見すると別物だけど、爽やかなのはどちらも同じ。

 歩く速度を合わせてくれている。ちょっと機嫌の悪い私を、気遣ってくれている。なのに私は何もできないでいる。


「…ごめん、今日。」


 そう言って、手を握る。そいつの手は大きくて、骨を感じるものだった。


「別にいいよ。気にしてない。」


 そう言って握り返してくれる。


 この右手が、離れないでほしいと願った。

 あーあ。素直に会いたいって言えばいいのに。バカだな〜。

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