017 黄花はどこだ(3)たすけて、聴診丸

低収入ていしゅうにゅう庶民しょみんにとっては、黄庵おうあんはありがたい医者だった。


しかし、黄庵のせいで売り上げが減った医者と高利貸しから見れば邪魔じゃまで消えてほしいという感情かんじょうしかかなかった。


高利貸こうりが

「黄庵のせいで、稼ぎが減っている。あの優男やさおとこさえ居なければ、借金しゃっきんカタに、あの無職のしじいの孫娘を手籠てごめにして生娘きむすめを味わうことができたのに、本当に鬱陶うっとおしい。」


やぶ医者にもなれない土手どて医者

「黄庵のせいで、患者が減って商売が成り立たない。」


高利貸し

「高くて腕も悪いから仕方なかろう。」


土手医者

「なんだと、お前が高利で貸すからだろう。

少しは利息りそくを負けてやっていれば、こんなことにはならなかったんだ。」


高利貸し

「なにを言うか!」


悪代官

「まあまあ、平和に消えてもらおうではないか? 例えば、薬を渡したがつつみの中はからっぽだったと詐欺さぎでおなわにすれば良いではないか?」


土手医者

「黄庵は、薬を出さないのです。だから、すり替えることは無理です。」


高利貸し

「なんと、まことか? 

効きもしない薬を高値で売りつける、どこぞの土手医者とは雲泥うんでいだな?」


土手医者

「ケンカを売ってんのか?」


悪代官

て、わたしたちがするべきことは内輪うちわもめではない。

どうやって、その医者をおなわにするかであろう。」


土手医者

「それが、博打ばくちを打つ、酒を飲む、女を買うのどれもしないのです。煙草たばこも吸わないし、まったくすきがないのです。」


高利貸し

「なにか普通の医者がしないことは無いのか?」


土手医者

「温かい酒を飲む小さなうつわを患者の身体に当てるとか、患者の身体を指でたたくとかしか無いです。」


悪代官

「それだな!

弱った患者を道具でたたいた容疑ようぎつかまえよう。」


土手医者

獄中ごくちゅう永眠えいみんして欲しいですな。」


悪代官

「いいや、お前のところで働かせよう。腕はいいのだろう。」


土手医者

「それなら、やつの道具を俺にください。」


高利貸し

「お前が持っても、素人しろうと妖刀ようとうだ。使いこなせないだろう。」


土手医者

「なにを言うか!」


悪代官

「考え方を変えるべきだな。お前は医者の看板かんばんを貸すだけでもうかかるのだぞ!

治療ちりょうは、その優男やさおとこにさせるのだ。


患者には治療中は目を開けるな!と言いふくめれば良いだけだぞ。」


土手医者

「悪くないですな。」


悪代官

「どうだ? わたしの知恵は見事だろう!

ハッハッハッ!」


高利貸し

「さすがはお代官様。」


土手医者

「おみそれしました。」



黄庵の住処すみかを代官の役人が取り囲んでいた。


役人

「御用だ! 弱った患者をたたくとは、医者の風上にも置けない。

引っ立てろ!」


黄庵

「やめてください。そんなことはしていません。」


役人

「言いたいことは奉行所ぶぎょうしょで聞いてやる。

おとなしくしろ。」


黄庵は、捕まって牢屋ろうやに入れられた。



高利貸し、土手医者、悪代官は、別室で酒盛さかもりをしていた。


高利貸し

御代官様おだいかんさま、あざやかなお手並てなみ、感服かんぷくいたしました。」


土手医者

「御代官様、黄庵を痛めつけて、医術の知識をかせましょう。」


悪代官

「土手医者のお前に理解できるとは思わんな。」


土手医者

「失礼な、なぜ出来ないと決めつけるのです。」


悪代官

「出来たとして、どうやってかせるのだ?

 傷つけるくらいなら、どこぞの男色家だんしょくかに売り渡す方がマシだな。」


高利貸し

「大声で怒鳴りつけて、食事を取らせなければ泣いてわびてくるだろう。

 あの優男やさおとこは簡単に屈服くっぷくさせられるぞ。」


悪代官

「じゃあ、明日の昼には落ちるな。

 ハハハ、愉快ゆかいだのう。」



牢屋ろうやにて


黄庵

「たすけて、聴診丸ちょうしんまる。」


黄庵は、聴診丸ちょうしんまる※を胸に抱いて天にいのっていた。

黄庵のほほには、ひとすじのなみだが流れていた。


※ 『温かい酒を飲むための小さなうつわ2つを糸でつないだような物』=聴診器ちょうしんき



遠くのある場所では、警報音けいほうおんが流れていた。

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