帰宅

 久しぶりに我が家に帰ってきた。


『夕方には着くよ』


 事前に連絡を入れておいた。


『了解、夕ご飯作って待ってる』


 すぐに返事があった。

 時刻は17時30分。

 透夜は別れを惜しみ、戸鞠さんの手を握りしめている。

 離れがたい人、か……。


「まだ夏休みの終わりまで数日、五十嵐さん」

「あーなんです?」


 なんとなくだが、分かっている。


「かなえを泊まらせてもらっても?」

「俺は全然いいですけど、戸鞠さんはどうする」


 透夜の目が期待に満ちた輝きを放つ。

 澄んだ瞳は明るく、


「ぜひ!」


 素直が似合う笑顔で頷いた。


「それでは、明日の昼に家政婦が迎えに来ますので、よろしくお願いしますよ」

「はい、おまかせください常務」


 相変わらず男前なうえ爽やかな笑顔を残し、ベンツに乗って、走り去っていく。


「さて、帰るか」

「うん」

「はい!」


 扉を開けると、夕飯の匂いが漂ってきた。

 肉でも焼いたんだろうか、ソースの香りもする。

 一気に腹が空いてきた。


「ただいまぁー」

「ただいま」

「お邪魔します」


「おかえりー!」


 久々に聞いた妻の明るく、真っ直ぐな声。

 すっかり夏模様で、Tシャツに短パンというラフな格好をした妻だが、いつもの彼女がいて、心が落ち着いた。


「あれ、かなえさんも?」

「そう、今さっき泊まるって話になった。あっちの親から許可もらってる。ごめん、スーパーで夕ご飯買ってくるよ」

「大丈夫、ハンバーグ余分に作ってたからちょうどよかった。ほら、玄関に突っ立ってないで入って、手洗いしてよ」


 お礼を言った後、透夜が手を繋いで洗面台に向かう。


「どしたの?」


 玄関で棒立ちの俺を見て、妻は傾げた。


「いやーあー、久しぶりだなと思って。改めてただいま……夏海」


 妙に擽ったい。名前を呼ぶのが、こんなにも恥ずかしいものかと。

 髪を掻いて、照れてしまう俺を見て、


「いきなり何よ、はははっ、久しぶりに聞いた。寂しくなったわけ? えーと、改めておかえりなさい、与志也」


 妻もどこか恥ずかしそうにして、笑う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る