握り寿司
「せっかくの夏休み、しかも別荘にいますから、普段できないことをやりましょう」
血は繋がらずとも提案をしたがる姿勢は、まさに親子。
興味津々な少女達の後ろで、俺と透夜は黙っていた。
男前で背も高く地位もある戸鞠幸太郎は、爽やかに微笑んだ。
「出張握り寿司です」
出張、握り、寿司。
マジか。
確かに普段できないことだけど……10代の子たちが喜ぶものなのか。
「お寿司って、新幹線走るやつ?」
「……」
「回るのー?」
「お寿司、食べたことない、かも」
後方腕組待機の俺と透夜は、一瞬目を合わせてしまう。
「新幹線は申し訳ありません、ですが回りますよ」
ソファーを端に移動させたリビングのど真ん中に10人は座れる回転レーンが登場。
黙々と設置作業をしている業者数人は終わると、さっさと退場してしまう。
「近場の卸売場に行き、鮮魚を買い付けてきました。今回握って頂く職人さんはこの方です」
「よろしくお願いいたします」
ブロンドヘアをお団子にして和帽子に込め、板前が着る調理用白衣でキッチンから出てきた。
目は大きく、堀が深く、素朴だけでは言い表すことができない綺麗な顔立ちの、リーナさん。
その後ろから戸鞠かなえさんが、クーラーボックスを持ってやってきた。
黒い和装シャツとエプロン姿だ。
「リーナさん何でもできるんだな」
「彼女は何でもできますよ。戸鞠家専属の家政婦ですから」
自慢げに言うじゃん……。
「かなえも握るの?」
普段と違う格好に驚いた透夜は、前のめりになる。
「はい! リーナさんに教えて頂きました。透夜君も是非食べてくださいね」
「かなえが握ったやつ全部食う」
戸鞠さんが絡むとまぁー結構気持ち悪いことを言う。
「ちょっと葵、どうなってんのこれ、動いてる、動いてるわ!」
「落ち着いて清花ちゃん、ここで慌てたら食べる前に泡吹いて倒れる」
初めて見る機械に驚きが隠せないようで、萩野間さんが少しだけど、ぎこちない笑みを浮かべた。
「未來ちゃん、お寿司お寿司」
「落ち着きな堂野前、私に食べさせる役割があるだろっ」
何故か八百原さんは、フレミングの左手の法則ばりに指を伸ばして、謎にかっこつけている。
「食べる前から楽しそうで何よりです」
「豪華なのはいいけど……」
「何か不満ですか」
「いや年齢に見合わない楽しみ方っていうか、なんというか、海でピクニックとか猫プリンとかそういう若い子がしたがることを」
「私達が提案する前に彼女達はもうやっていますよ。流行はみなさんの方が詳しいですし」
「まぁそれもそうか……金、かけ過ぎじゃない?」
「レンタル代と食材費だけですよ。短いですが夏休みはまだあります。貴重な体験をしてもらえるなら惜しまず支援します。それに、みんな将来有望ですから」
お寿司がレーンに乗って回り始めて、歓声が沸く。
リーナさんの隣で戸鞠さんがマグロを握っている。
「将来有望ってのは、具体的に?」
「斎藤さんは周りを牽引するのが得意です。やや強引で、内面脆い部分はありますが、そこをサポートできる萩野間さんは客観的で信頼できます。八百原さんは芸術家の血でしょう、目立つことに拘りを持ち、着ているシャツも自分でデザインしたもの。堂野前さんは、既に直売所での経験と接客力に優れています……投資次第では松島食品の新しい風になるかもしれません。もしくは、別の場所で」
見返りも期待しての援助もしてるわけか。
「お父さんと五十嵐さんも食べてください」
自然と仕事の話になっていくなか、戸鞠さんがお寿司を持ってきてくれた。
益子焼の長皿に並んだ、マグロ、大トロ、ヤリイカ、ネギトロ、サーモン、イワシ、カンパチ。
「ありがとう戸鞠さん……うぉ、大トロっ」
「ありがとう、かなえ」
脂がのったピンクの照り、食卓で出たことない大トロを食べられるなんて、常務、普段はやな奴だけど今日ばかりは感謝しかない。
なんかわさびとか醤油も絶対いいやつなんだろうなぁ、食べた瞬間からとろけていく、甘みと旨みが最高すぎる。
「うまっ!」
「えぇ、とっても」
戸鞠さんは嬉しそうに綻ばせて、安心した表情で胸を撫で下ろす。
爽やかな横顔、いつも通りにしてるけど、常務の腹の中はどうなっているんだろうか……――。
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