少女たちの深く

「昨夜の失態についての弁解は?」


 2階にある半畳の書斎が窮屈になる。

 リーナさんが用意してくれたトーストと高そうなバター、それから爽やかな香りがするフルーツジュース。


「あれは不可抗力だ。こっちは常務取締役様に色々言いたいんだよ」

「どうぞ」


 余裕ぶっこいた足の組み方して、腹立つ。

 5日振りに会ったというのに全く嬉しくない。


「まず智里の動画、編集余計だ。このアルバムの量はさすがにキモ過ぎる。極めつけは彼女達の情報がなさすぎ、せめて何があったかぐらい教えてくれ」


 男前が清潔感溢れる爽やかな表情で頷く。


「情報がなくても彼女達の言葉の端々から漏れている。深く知ることよりも、この短い夏休みを一緒に過ごす。耳を傾け、問われたら答える、それだけでいいのに必要?」

「言葉によっちゃ傷つけるかもしれないだろ、俺は他人の気持ちを汲み取れるような立派な人間じゃないんだよ」

「えぇ、今の奥さんはまさに、貴方にとって好都合だ。逆も」

「今関係ないだろ」

「失礼。彼女達は、愛情のない、もしくは親からの愛情が伝わらない家庭環境にいる。それは理解できたでしょう?」


 それぐらいは分かる。

 フルーツジュースを一口飲んだ。

 冷たさと甘酸っぱさが舌と喉を通っていく。


「まぁ、パパって呼ばれたり、甘えられたり、迫られたり、名前で呼ばれたりするから、愛情不足なのかなってのは分かった」


 甘いマスクに優しい笑みを浮かべている。


「打ち解けてくれて良かった」

「随分、心配してるんだな。娘の友人ってだけなのに」

「かなえの友人だから。かなえが危険に晒されないよう身元は調べるようにしている」


 やること全部が気持ち悪い。


「そしたら?」

「斎藤清花さんは、母と相性が悪く、父は単身赴任でたまに帰ってきても娘のことなど目もくれず、母の機嫌ばかりとっていて、ややネグレクト状態。当時は食事も十分にもらえなかった、幸い友人がいたので、お腹が空いた時は分けてもらっていたそう。で、その友人が萩野間さん」


 教えてくれるのか。


「愛情不足ってレベルじゃないだろ、それ。はぁ、思ってたより重いぞ」

「八百原未來さんは、父が世界で活躍する芸術家で絵画から彫刻、ビルのデザインまで手掛けている。母は確か、ウェブライター。両親ともに多忙なため、愛情はお金を通したものばかり。一度も家族と過ごした思い出がないそう」


 まぁなんとなく、八百原さんはそうなのかなって感じはした。


「萩野間葵さんは、元々母子家庭で、小学生の時に再婚、新しい家族に馴染めず何度も家出を繰り返していた。児童施設と家を行き来し、高等学園入学後は家族と心の距離を取りつつ過ごしている。母親は娘の為に再婚したそうで、結果は我が子に過剰なストレスを与えただけ」

「……それでどうして俺のこと名前呼びするのか、いまいち分からない」

「どうしてでしょうね。さて、と、堂野前舞乙さんのことは……ふぅ」


 さっきまで淡々と彼女たちの情報を話してくれたが、堂野前さんの話は躊躇っている。


「なんだよ、父親がだいぶ変わってるんだろう? なんとなく、分かった気がするけど」

「じゃあ説明なくてもいいでしょう」

「こ、ここまで来たんだから、教えてくれよ」


 眉を顰め、何か取捨選択でもしているように唸る。


「えぇと…………そうですね……父子家庭なうえ、酒、たばこの強要、過剰な性的暴行、時には父親の同僚達とも事に」

「あーもう分かった! 悪い、俺が悪かったから! けど、その、よくそこまで分かったな、しかも助けたんだろ?」

「……一度、かなえがお泊り会を開いた時があって、その晩、堂野前さんの父親が凄い剣幕で押しかけてきたことがあったので、あとは色々と」


 今度は困り眉で微笑んだ。

 意外と、いや改めてこいつ、常務取締役という役員になるだけの行動力があるんだなって感心してしまう。

 妻子がいるのに、智里を保護して、戸鞠さんを我が子として受け入れた。


「胡散臭いうえ淡々としてるアンタが、そこまで助けるのはやっぱりピンと来ない。我が子だけ無事ならそれでいいって感じなのに……なんでだ?」

「妻の影響です」

「あぁえーとなんだっけ、ニューヨークにいる……えーと名前は確か」

「怜奈さん。正義感が強い方で、彼女の仕事上詳細は話せません。日本にいた時は新聞沙汰寸前の行動を見せ、まさに弱きを助け、強きを挫くの権化」


 なんか想像以上にすげぇ奥さんなんだってことしか分からない。

 仕事上詳細が話せない仕事ってなんだよ、スーパーヒーロー?


「へーまぁとにかくすげぇー奥さんの影響で人助けってか?」

「まぁ、それもあるし、かなえが不幸にならないようにするのも僕の務め。さて、本題の前に、朝食を済ませて行きましょうか」


 ここまで本題じゃなかったのか。

 トーストを平らげ、残さずフルーツジュースを飲み干した。

 きっと厳選食材を使った高級な食パンだろうに、トーストしてもケーキのような食感がする食パンを急いで食べる。

 

「で、どこに?」

「書斎に入り、智里の映像とアルバムを見たんです。お墓参りにも行けるでしょう」


 あぁ、そうか……――。


  




 

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