斎藤 清花

 書斎のアルバムは、智里が亡くなったあとも続いていた。

 1歳を迎えた彼女と写っているのは、戸鞠幸太郎。次のページもずっと。

 初めてランドセルを背負った時の写真が、このアルバムの最後か……。


「……」


 アルバムを閉ざし、書斎を出た。

 時刻は深夜0時、静かな波の音がハッキリ聴こえてくる。

 書斎を施錠するタイミングで、家政婦のリーナさんは、「偶然ですね」と現れるからビビる。

 前回同様鍵を返す。


「なんか、無理言ってすみません」

「いえいえ、それでは失礼いたします」


 リーナさんがリビングに続く階段を下りていくのを見送る。

 完全に真っ暗ってわけじゃないけど、非常灯程度の明かりが通路やリビングを薄っすら照らしていた。

 リビングも、あれ、ソファに誰か座っている。

 まさか八百原さんか、でも、八百原さんならスマホかゲーム機の明かりがあるだろう。

 ゆっくり、階段を下りて、確かめてみることにした。

 ソファから、テラス側の窓を見つめる横顔。

 強気を貼り付けた美しい顔立ちと、肩より下に伸びた茶髪。 

 

「斎藤さん?」


 声を落とす。

 斎藤さんは振り返り、驚いた表情で見上げた。


「パパ、こんな時間まで見回りなんて、大変ね」


 見回りはとっくの前に済んでるけど、書斎の件は言わないでおこう。


「あーえーと、眠れない感じ?」

「うん、眠れない。海を見てたの……邪魔だったら、部屋に戻るわ」

「そんなことない、隣、座ってもいい?」


 頷いてくれたので、隣に座る。

 特に会話はなく、ずっと海を眺めているが、リビングから覗けるのは木々と遠く微かに見える海。

 テラスからだと、もう少し海がよく見えるが、夜中は出入りしてはいけない、と常務が禁止令を出している。


「ここからだとあんまり海見えないな」

「うん」


 彼女達は、普段どんな生活を送ってるんだろう。


「……そういやちゃんと聞いてなかったけど、みんな前から仲良いいの?」

「葵は、小学校から一緒。高等学園だと最初にかなえ、それからみんなと会ったわ」


 感情と乖離した空気のような大人しい子。

 俺のことを、何故か名前呼びしてくる、よく分からない子だ。


「戸鞠さんを通じて仲良くなった感じか」


 斎藤さんは、静かに笑う。


「そうよ、かなえが引き寄せたの。葵も……ほんとまともに話したの学園からだし」

「ただ同じ学校のクラスメイトってだけだったんだ?」

「そう、ね」


 少し歯切れが悪いな。


「……眠れないのは、家のこと?」

「うん」


 しっかり頷いた。

 斎藤さんはソファにぐったり凭れて、前を見つめている。


「アタシだけじゃない、葵も、未來も、舞乙もそう。アタシなんか大したことない。でも、家の居心地最悪で、なにかと理由つけて離れたいの」

「みんな、家にいたくない?」

「そう、みんな。パパはどうなの?」

「俺は、別に……」


 妻と息子は、大切な家族だ。

 早く帰って抱きしめたい。

 でも、智里がこの世にいない喪失感の方が大き過ぎて、埋められそうにない。

 

「俺より、戸鞠さんと透夜の方が、大変かな」

「あの2人が? 想像できない」

「ああ見えて結構悩んでるんだ」


 俺のせいで。いつ戸鞠さんに話せる時が来るのか、常務は覚悟を決めて話せるのか……。


「はぁーさっさと独り立ちしたい」

「子どもが独り立ちかぁ……寂しい」


 もう高校2年、大学とか就職先によってはひとり暮らしだ、その時にどうなっているか、分からない。

 両膝を抱えた斎藤さんは、こちらを覗く。

 いつもの強気に比べてしおらしく、体を傾けてきた。

 ふんわりと良い香りがする。

 石鹸か、香水か……――。

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