八百原 未來
「なんのゲームやってるの?」
携帯型ゲーム機を握りしめて、ソファから天井を仰ぐ姿勢だ。
反対側のソファに座って声をかけた。
ボブショートに前を切り揃えた髪型と黒縁メガネ、レンズの奥で垂れ目がこっちをちらっと覗く。
ハーフパンツに太ももまで隠す大きいサイズのシャツ。
ハリウッドにいそうな女優のモノクロ写真がプリントされている。
「んー料理作るゲーム」
「なんだそれ、面白い?」
「ちょー面白いよ」
脱力気味な声で言われても、面白そうに聞こえない。
「俺にもできる?」
「できるんじゃないのー知らんけど」
「曖昧すぎる……」
あーでもない、こーでもない、というやり取りのなか、斎藤さんがやってきた。
「ちょっと未來、ゲームしてないでお昼ご飯の準備しなさいよ」
「今やってる、玉ねぎカットしてる」
「ゲームの話でしょそれ!」
「そういや八百原さんが料理してるところ見たことないな」
「今やってる、パテ焼いてる」
「だからそれゲームじゃない!」
斎藤さんに叱られ、渋々起き上がる八百原さん。
「もーなにすれば?」
「今日の当番は未來でしょ、メニューも事前に決めといてって伝えたはずだけど」
「あー……」
これは絶対、忘れていたな。
「斎藤、ハンバーガー食べたい」
「作れって言ってるでしょうがぁぁあ!!!!」
彼女の呆れと怒りを織り交ぜた大声は、神奈川の海原まで響いたことだろう……――。
――キッチンに集まったのは、当番の八百原さんと、手伝ってくれる堂野前さん、そして俺。
「俺、あんまり料理したことないけど大丈夫?」
「大丈夫、私一切ないから」
超不安。
というか、料理をしたことがない八百原さんを当番に入れるのは怖くないか?
「大丈夫ですよ、未來ちゃんのサポートしますから」
堂野前さんが言うのなら、大丈夫そう。
「そりゃ安心。で、本当にハンバーガーを作るわけで、材料は?」
キッチンのカウンターに並ぶ食材は、なんとまぁ食パンだけ。
「材料買うの忘れてた」
「当番もな……買いに行ってこようか?」
「ふっ、こんなこともあろうかと」
やや得意げな顔で、黒縁メガネをクイッと動かす。
タイミングよく扉が開き、家政婦のリーナさんがエコバッグを片手に登場。
「さっきメールで頼んどいた。さすが家政婦、仕事が速い。ありがとー」
戸鞠家専属の家政婦を好き勝手に使うとは……。
リーナさんは、「何の問題もありません」と目を細めて食材をカウンターに並べてくれた。
用事を済ませたら静かに立ち去っていく。
「ミンチと、レタスと、トマト、玉ねぎと、スライスチーズ、マスタード、ケチャップ、それからコーラ」
「コーラ?」
1.5リットルの丸みがあるペットボトルの存在感。
「ハンバーガーといえばコーラ」
「ジャンクだなぁ」
「大丈夫、ミンチは鶏むね肉だから」
そういう問題か?
「じゃあ舞乙、やって」
早速甘えるなぁ。
頼みの堂野前さんは申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめんね未來ちゃん、サポートはできるけど、清花ちゃんに全部したらだめって言われてるんだ」
「なにぃ、斎藤め、根回し済みか」
「まぁまぁ焼いて挟むだけだから簡単だろ」
斎藤さんの言う通りだしな。
「とりあえず未來ちゃん、工程はパテを作るのと、食パンを軽く焼いてバターを塗る、野菜のカットも頑張ろうね」
「じゃあ舞乙は何すんの?」
「マスタードとケチャップを混ぜるのと、サラダ」
「代わって」
「ごめんなさい」
全然進まねぇ……。
「まーとにかくやろう。あとでまた斎藤さんに叱られる方が辛いと思うぞ」
八百原さんは渋々まな板と包丁を用意。
「別にいいじゃん」
「なんだそれ、叱られたいってこと?」
「違う、でも、一理ある。ねぇーぱぱぁーやってぇ」
斎藤さんとはニュアンスが違う、『パパ』だなぁ。
「こら、ちゃんとやりなさいっ」
慣れない包丁で、トマトを輪切りに、玉ねぎは細かくカットしていく。
その間堂野前さんは、とてもナチュラルな動作でキッチンのお菓子をつまみ食い。8回ぐらいやってた。
食パンは少し焦げるわ、バター塗り忘れるわで大変だが、なんとか最終工程の手前までいけた。
八百原さんは黒縁メガネの奥で平皿とハンバーガーを睨んでいる。
「んー……」
「八百原さん?」
「どうしたの、未來ちゃん」
「いや、普通に盛るってつまんないよねぇ」
普通に盛るのがつまらない、とは。
「じゃあ派手にしちゃう? ちょうどキッチンに可愛いピックがあるよ、高級そうな竹串も、他にもいろいろ」
なぜか堂野前さんも乗り気だ。
「ナイス、ここは……こうしよう、うん、いや、でもこっちは、この方が……」
職人顔負けの表情で、いつもだらけた口調すら消えてしまう。
手先は器用で、食パンに挟んだ具材たちもバランスよく重ねていく。
見栄えに拘りだしたのは、若者だから、だろうか……――――。
「もう、遅かったじゃない」
昼食の予定時間より少し遅れてしまい、斎藤さんが代表して口に出した。
透夜はどうでもよさそうに本とスマホを行き来。
戸鞠さんは興味津々で席につく。
萩野間さんは……いつも通り。
「ごめんなさい清花ちゃん、でもね、未來ちゃん全部頑張ってしてくれたんだ」
「あらそう、まぁそうよね、舞乙にやらせてたら遅くならないわ。どんな昼食ができたのかしら」
「ふふん、斎藤、戸鞠、萩野間、透夜クン、これは私達の力作。こりゃ特別賞間違いない」
「はぁ? 狙うなら金賞一択よ」
違う、そうじゃない。
「芸術は、創造と破壊の刹那が一番美しいもの。目に焼き付け、たんと召し上がれ」
リーナさんが、配膳用のワゴンに乗せてキッチンからやってきた。
またしても使われている……いいのか、リーナさん。
八百原さんが時間をかけて作り出したハンバーガーは、バンズがなかったので余っている食パンを使用。
食パンの上から突き刺したステーキナイフ。
隙間からマグマみたくあふれ出したスライスチーズが皿を埋めつくす。
ミニハンバーガーにはピックと串を縦横無尽に突き刺し、黒ひげを救出するが如く。
「刺し過ぎでしょうがっ!」
「大丈夫、取りやすいようにブロック状に切ってあるから」
一応、突き刺さってるピックと串は、ジェンガ的な感じで抜ける仕様。
すげぇバランスで保ってんだなぁって、感心してしまった。
「わぁ八百原さん凄いです! どうなってるんですか、これ!」
わくわく、と目を輝かせた戸鞠さんの反応に、鼻が高くなる八百原さん。
「ふふ、企業秘密ってやつ」
「まぁ八百原さんにこんな特技があったなんて意外だった」
「でもけっこうぅ、疲れるぅー」
いつものだらけた感じになっていく。
「おつかれさま。八百原さんが楽しそうにしていて、俺も嬉しかったよ」
八百原さんは、俺を見上げて、「ふーん」と笑う。
「嬉しいの?」
「そりゃね」
「ふーん……」
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