智里の言葉

 DVDプレーヤーにディスクを入れると、吸い込まれていく。

 再生ボタンを押す。

 誰もいない半畳の書斎だっていうのに、なんで体裁を守ろうとしているんだろうか。

 映像の智里と会えるのだから、はしゃいだり、泣いたりすればいい。

 暗い画面に反射する俺の顔は、硬く強張っている。

 映像が、再生される……。


『こんにちは、五十嵐さん』

「……はっ?」


 渋い声、余裕の表情を浮かべた男前が。


『戸鞠幸太郎と申します』

「いや知ってるよ! なんで智里じゃなくてお前が!!」


 思わず画面に向かって叫んでしまう。

 体裁が一気に崩れていく。


『なんで智里じゃなくて、お前がって思ったことでしょう』

「ぐっ……」


 言わされている感があって悔しさと怒りがせめぎ合う。


『少し編集してみたんだ。凄いでしょ、八百原さんから教わってね』

「どうでもいいっての」

『どうでもいいって顔してるね』

「くそっ!!」


 通話してないよな? これ録画したんだよな?

 テレビの裏まで見てしまう。


『智里が遺した映像記録は、大切な娘に向けたものだ』


 いきなり真面目なトーンで……仕方ない、イスに腰かけて画面を睨んだ。

 別荘に戻ってきたら文句言ってやる。


『僕が戻るまで、かなえに見せないでほしい。僕がちゃんと、かなえに伝えますから……かなえは僕の娘なんだ』


 分かってるっての……。

 画面は暗転し、今度は半畳の書斎が映し出された。

 本棚と扉が見え、アルバムは途中ぐらいか、半分もない。


『これで、映ったかな』


 画面端から現れた智里が、イスに座りながら細い声で確認している。

 髪が肩まで伸び、少しやつれた雰囲気だが、間違いなく智里だ。


「智里……」

『カメラ……レンズはここかな。よ、よし、あーあーうん……分からないかも』


 レンズを触るから、一瞬画面が暗くなる。

 懐かしい声と仕草……智里。


『あとで確かめよっと……えっと、こんにちは、わたしは、柊木智里です』


 姿勢を正し、柔らかい表情を気持ち硬くさせた智里。


『びっくりしたかな、かなえのお母さんです。きっと大きくなったかなえは私に似てるかもしれません、もしかすると、お父さんに似たかも?』


 全然俺に似てない……。

 智里は口元に手を寄せ、照れ笑う。


『どうして録画してるかというと、いつか成長したかなえと一緒にこの映像を見たいから、です』

「……」

『一度やってみたかったんです。わたしはいいお母さんになれていますか? こうちゃんに迷惑かけていませんか? 好きな人、できましたか? かなえは、今、幸せですか?』

「…………」


『録画してるわたしは、今、大きく違うところにいるけど、こうちゃんに助けてもらいながらどうにか生きています。辛いことがたくさんあったけど、それでもかなえがいるから幸せなんですよ。わたしは、病弱だから長生きできるか分からないけど、ランドセルを背負ったかなえを見たいし、中学も高校も、恋人と結ばれるかなえも、孫も見たい……ううん、そうじゃなくてもいいです』


 弱々しいで瞳で微笑んだ智里。


「………………」


『かなえが幸せだと思ったら、一直線に進んでください。もし迷ったら、わたしに相談してください。こうちゃんにも、あ、でも常識の範囲内でお願いしますね、こうちゃんは無理してなんでも引き受けちゃいますから。きっと今は偉い人になってるかもしれません』


 取引先の腹立つ常務取締役様だよ、今は。


『もし出会いがあったら、恋人さんは素敵な方ですか? わたしは、高校の時に隣町の学校と交流する機会があったんです。ふふ、そこで運命的な出会いをしたんですよ、ふふ、運命って言ったら大げさだけど、好きなんです』


 交流会……。


『あっ笑われちゃうからこの話はやめますね。んん、とにかく、かなえとこれからも一緒にいさせてください。わたしがお母さんでよかったって思ってもらえるように、たくさん愛を届けさせてくださいね……あとは、ふたりで答え合わせしてください。わ、なんだか熱くなってきちゃった、恥ずかしー』


 元々日焼けのない肌だから、赤いのがよく分かる。

 照れながらニコニコ微笑んで、消えた……――。




 


 

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