不足した感情
ここは学校でも社会を学ぶ場でもないから、彼女がスマホをいじりゲームばかりにかまけていても問題ない。
誰も咎めない。
ただ、気になることがあるとすれば、ソシャゲのガチャを回すのに一体いくら使い、そのお金はどこから湧いてくるのか。
仕事の休憩がてら、2階からリビングを見下ろすと、少女たちがソファで寛ぎながら美術委員会の課題について話し合っている。
部外者である透夜は、リビングにいない。
「映えスポットを作るにあたって、学生が楽しめるもの、それが必要だと思います。予算とか保護者の云々は一旦置いて、意見を出し合いましょう」
萩野間さんが司会進行している。
真面目な表情だが、それ以外を誰も見たことがないようだ。
か細い声は淡々として、感情と乖離した口調。
耳元で囁かれた吐息を含ませたあの声が頭から離れない。
「はい」
一番に挙手したのは、戸鞠さん。
姿勢良し、品良し、今日も錨のシルバーペンダントを首につけている。
「戸鞠さん」
「壁アートはどうですか? 一部の壁に絵を描いて、そこに入って撮影することで完成します。例えば天使の羽とか、ブランコとか、最近は町中でも見かけることが増えてきましたし、学園内にあるだけで特別な感じがしませんか?」
「壁アートなら校内の掲示板を使うのもありじゃない? アタシ達が通う学園は伝統を大事にしているんだから、古いポスターを一面に貼って撮影するだけで雰囲気抜群よ」
「学食のメニューに映えランチを作るもの、ありかな」
「小さい家」
スマホをいじり、堂野前さんの膝枕で寛ぐ八百原さんは呟いた。
「八百原さん、小さい家、ですか」
「そ、グラウンドにぽつんとある、インパクトある」
インパクトはあるけど、果たしてそれは映えるのか、楽しめるのか。
今の子たちのセンスは分からないが、別荘で強化合宿みたくやるような課題でもない気がする……。
「未來、具体的にはどういう映えスポットになるわけ?」
「あるだけで、映え」
「責任もって発言しなさいよっ!」
萩野間さんは全てノートに書きとめて、淡々と頷く。
「選択肢は多い方がいいですから、顧問の目に留まってから詳細は考えましょう」
「はいっ!」
また戸鞠さんが挙手をする。
次から次へと発言できる戸鞠さんの様子には感心してしまう。
八百原さんはスマホを握りしめ、ひとつだけ提案したらもう終わり、と思えば2階にいる俺と目が合った。
黒縁メガネの奥で垂れ目が笑い、軽く手を振っている。
手を振り返すと、堂野前さんも俺に気付き、会釈。
次々と連られて俺を見上げた。
5人の女子高生に手を振られるという、滅多にできない貴重な体験。
「もう終わるからこっちに来てよパパ」
まだ慣れない呼ばれ方。
リビングに繋がる階段を下りる。
「透夜は?」
「透夜君は読書室にいますよ」
あのワンルームサイズの場所か。
「本、読むんだなぁ」
「萩野間さんの影響ですかね」
「私ですか? 何もしていませんし、特に接点もありませんが……」
表情に変化はなく、萩野間さんは考え込む。
「そういやスマホのゲームもやってるし、色々影響受けてんのな」
「はいっ、みんなと仲良くできてる証拠です! 趣味がないって言ってましたから、いいことです!」
戸鞠さんはどこか嬉しそうだ。
「パパって透夜のことあんまり知らないの?」
「うっ」
斎藤さんの鋭い質問がみぞおちに入ってきた。
「親ってそういうもんじゃね」
「…………そうかもしれません」
「うん……」
八百原さんの言葉に、納得している萩野間さんと、自身の体を抱きしめる堂野前さん。
「う、うぅぅぅう、た、確かに、でも、俺はどうにかしたい。透夜とちゃんと親子らしくしたいんだよ」
「素敵です五十嵐さん! 透夜君にもその気持ち、しっかり伝わってますよ」
戸鞠さんは優しく言ってくれるが、実際透夜は、俺のことより君に夢中だからなぁ。
今さら関係を改善したいなんて、思ってなさそう。
「はは、ありがとう。ところで八百原さんは、いつもえーとガチャしてるけど……お小遣いとかどうしてるんだ?」
「どして?」
「えぇ、だって普通に心配になるよ」
「なんで?」
「いやぁなんでって言われても……気になるよ」
戸鞠さん以外が真顔になる。
この妙な空気はなんだ……。
「はは」
短い笑い声。
スマホを膝に、起き上がる。
「気になるんだって」
「……邪魔じゃないの?」
「欲望を満たすためのウソ、ですか?」
「…………」
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