和やかな空間
まだ少ししか、戸鞠さんの友人たちと触れ合っていないが、常務の言った通り、何か欠けている。
埋めようという欲求も感じた。
恐らく家庭環境によるものだろう、特に父親に関すること。
俺は父親で、妻がいて、息子がいる。妻の両親もいるし、俺の親も隣町で元気に暮らしている。
会社でも問題ない、裕福じゃないけど、困ってもいない。
欠けたものなんか、なかったはずだ。
常務は、俺に何かさせようとしているんだろうか……俺にも、何か欠けているものがある?
「……与志也さん」
か細い声に吐息を含ませ、俺を呼ぶ。
「うぉっ」
眠っていたのを起こされた感覚でぞわっとした。
テーブルに並ぶ和風ハンバーグと大皿に山盛りのサラダ、ご飯。
「大丈夫ですか? ぼぉーっとしていましたよ」
空気のように大人しい萩野間さんは、本当に静かで、表情が変わるところを見たことがない。
八百原さん曰く無感情、斎藤さん曰く割り切っている。
「ありがとう、萩野間さん、美味しそうだね」
「家政婦さんと舞乙ちゃんが手伝ってくれました。料理はあまり、得意じゃないんです」
「そ、そう」
朝食は別々だったけど、昼食は全員席につく。
「じゃあいただきます!」
斎藤さんが音頭を取り、みんなが追いかけて「いただきます」と揃えた。
食事中でも八百原さんはスマホを触り続ける。
「未來ちゃん、ご飯食べないと」
堂野前さんは自分の食事よりも八百原さんのお皿にサラダを取り分けたり、ハンバーグをカットしてわざわざ口にまで運ぶ。
「ちょっと舞乙、またやってる」
「あ、ご、ごめんなさい、つい」
「うまー」
「アンタは自分で食べなさいよ」
わいわいしている横で、黙々と食べる萩野間さん。
透夜と戸鞠さんは、
「透夜君、サラダも食べないとダメですよ」
「えーあー……うん」
仲良く食べている。
「透夜、野菜嫌いなのか?」
そう訊くと、透夜は少し苦い顔で頷いた。
「食感とか、苦みとか、あとサラダで腹いっぱいにしたくないじゃん」
「あーちょっとわかるなぁ」
「五十嵐さんも野菜苦手なんですか?」
「まぁーねぇ……肉をたくさん食べたかったし、食感とか苦いとかもそう。今は別に食べられるけどさ」
「どうやって克服されたんですか? 透夜君も参考に」
「えー……」
克服したっていうか、なんというか。
彼女が、智里が、俺の野菜嫌いを見兼ねて色々工夫していたんだ。
裏で俺のことを考えて料理していたのを見て……食べるようになった。
「作ってくれた人のことを考えて食べたら、平気になったかなぁ。好きな人の手料理でサラダがあっても、残すなんてしないだろ、透夜」
「それは……まぁ、うん、かなえが作ってくれたら、食べる、かも」
「しばらく戸鞠さんに、透夜のサラダ作りを担当してもらったらいいんじゃないか」
嫌がるとも喜ぶともいえない表情で固まった。
「いい考えです、透夜君、私がサラダを作ります!」
「えっ、サラダもいいけど……いいけどさぁ」
行動力に火がついた戸鞠さんに、透夜は軽く項垂れる。
戸鞠さんが絡むと可愛いもんだ。
これが1対1でもできたらなぁ……。
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