娘がたくさん

「ちょ、ちょちょっと待った。誤解が生まれそうだから呼び方はどうにかならない?」

「もう決めたから、それにっ、パパって呼んでみたかったのよ!」


 呼んでみたかった……もしかして、父親がいないご家庭?

 いやいやそれでも、透夜の目の前でパパって呼ばれるのはキッツい!!


「少しならいいけど、他の人の前っていうのはなんとかならない?」

「んー強情ね」


 強情はどっちだ!


「じゃあ透夜に許可をもらえばいいのよ」


 善は急げ、と部屋から出ていってしまう。

 なんという行動力……。

 一旦仕事を切り上げ、2階の通路からリビングを見下ろしてみる。

 透夜と戸鞠さんがソファに座っている。

 仁王立ちスタイルで透夜を指し、許可をもらっている様子。

 萩野間さん、八百原さん、堂野前さんも集まっていた。


「今日から透夜のお父さんを、パパって呼ばせてもらうけどいいわよね、透夜」

「は? いきなり何、いいわけないじゃん」


 その通りだ、いいぞ透夜、負けるな。


「お父さんって、これから呼ぶの?」


 萩野間さんのか細い大人しい声が、やけにハッキリ届いた。


「俺、今よくないって言ったんだけど」

「父親……」


 堂野前さんは自分の体を抱きしめる。


「きもー」


 八百原さんは相変わらずで、ちょっぴり傷つく言われようだが、安心する。


「いいえ、これはもう決まったこと。あとは透夜がうんって言えばいいだけ。ほら、言いなさい!」

「やだ、つーか他人にパパ呼ばわりされてんの、キツイし見てらんない」


 そうだそうだ!


「ちょっとかなえ、彼氏になんとか言ってやって」

「え、えーと……透夜君、この別荘にいる時だけ、呼ぶのはダメですか?」

「かなえまで」


 戸鞠さんが相手だと分が悪いか。

 こそこそと、透夜の耳に手を添え、何かを言う。

 内緒話が終わると、透夜は難しい顔で唸った。


「……はぁー分かった」


 そんなぁあああ、透夜、何を言われた!?


「けど、俺がいる時は呼ぶのはやめてよね、かなえは絶対呼ばないで」

「えっ私はダメなんですか?」

「ダメ、というか……単純に嫌だ」


 透夜に苦々しい声……我が子にこんな思いをさせて、俺は、何もできないなんて情けない。


「う……うぅ」

「あっ舞乙ちゃんが泣いてる」 

「何よ、また? 葵、あっちに連れて行って」


 え、何事、しかも『また』って……。

 萩野間さんが背中をさすり、どこかへ連れて行く。


「まったく、透夜も強情ね」

「話戻すなよ……いいの? あの子」

「いいのよ、いつものことだから」


 頼むから誰も通報しないでくれよ、ここは冤罪の温床だ……――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る