夜の見回り
『不純異性交遊は避けてくださいね』
一度きりの過ちを何度こすられるのか、腹が立つ、でも強く言い返せない。
智里と別れたあの日から、まっすぐ、生きてきたつもりだ。
けど常務は、智里を不幸にした俺のことを、腹の底で憎んでいる。
透夜じゃなくて、俺を試しているのか?
別荘に来て初日の夜、保護者として見回り中。
夜とはいえ、外は薄っすらした明るさが残っている。
別荘の間取りを把握できていないので、見回りついでに探索。
リビングから近いキッチンを覗いてみる。
戸鞠家専属家政婦のリーナさんが食器洗浄機などのハイテクな機械を使って後片付けをしている。
彼女の後ろにいるのは、
大人びた雰囲気と、パーマをかけたロングヘア。
そわそわしながら、乾いたお皿を食器棚に片付けている最中だ。
キッチンの中央にあるカウンターテーブルには、お皿に盛りつけたお菓子のアソート。
通る度に堂野前さんは、お菓子をちらちらと気にしていた。
そしてとうとう菓子を摘まんで、食べる。
俺が覗いている間、5回は繰り返していた。
つまみ食いが癖なんだろうか……。
「あっ」
「おぁ」
目が合ってしまう。
堂野前さんは恥ずかしそうに頬を染めて、俺に向けて人差し指を唇に添えた。
困り眉に笑みを乗せた表情は、大人顔負け。
多分、リーナさん気付いているだろう……まぁいっか、可愛いし。
軽く頷いて返事をして、次の部屋に移動する。
ワンルームほどの間取り。
ミニ図書館といった印象を受け、本棚が壁に張り付き、隙間なく書物が並ぶ。
この部屋に、
空気のように大人しい存在だ。
小動物が寄り添うイラスト、絵本だろうか、冷静な横顔で読んでいる。
靴音に気付いたらしく、絵本を閉ざす。
「こんばんは」
「あ、あぁこんばんは、萩野間さん、読書の邪魔してごめんね」
「いえ……もう読み終わって、3巡目していたところでした」
消えそうな、か細い声。
「そう、あー萩野間さん、戸鞠さんって普段どんな感じなの? 学園で」
大きく変動しない表情で、真面目に考え込む。
「委員会での様子なら、何か企画をする時、真っ先に手を挙げるんです。実現するかどうかは別として、とにかく色々アイデアを出しています」
やっぱり戸鞠常務の娘だな……。
「その美術委員会ってどういう?」
「学園内の景観や行事で使うセットを作ったりしています。今回は学園の映えスポットをみんなで考えようという課題で集まりました。
おっさん丸出しの、「はぁー」が漏れてしまう。
「夏休みまるまる使うなんて、凄いね」
小動物が寄り添う表紙を、指先で撫でた萩野間さん。
「家より、外にいた方が落ち着くから」
家より……重く受け取れる言葉。
絵本を本棚に戻す。
終始真面目というか硬い表情で、微笑すら浮かべない、どこか感情が乖離したような様子の萩野間さんは、こちらを見て一礼。
横を通り過ぎる途中、か細くも吐息を含めた声で、
「おやすみなさい
不意に囁かれた俺の名前。
なんで急に、初対面の少女に名前を、いきなりすぎて胸の中が波立つ。
「え、あ、お、おやすみ……」
名前呼びに怯んでいたら反応が遅れてしまった。
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