夏休みの始まり

 本格的な夏が始まった。

 特に学生は1学期を終え、夏休みが始まる。


 神奈川のとある海が臨める別荘に、大荷物を抱えて息子と降り立つ。

 驚くほどの白さがあるモダンな建物で、デカい。

 いくつ部屋があるんだか、こんなに大きく建てる意味ってなんだ。


「お待ちしておりました五十嵐様。神奈川までお越しくださりありがとうございます」


 戸鞠家専属の家政婦リーナさんが出迎えてくれる。

 西洋と日本のハーフで、素朴さのある綺麗な顔立ちに何度も見てしまう。


「どうも……えーと」

「戸鞠幸太郎はただいま準備中でございます。こちらでお待ち下さい」


 別荘に招かれ、広い玄関から入る。


「外靴のままで問題ありません。ただし、寝室ではスリッパにお履き替えください」


 ホテルのような内装。ロッカーもついている。

 玄関にあるカウンターテーブルには名札付きの鍵が並ぶ。


「貴重品がありましたらロッカーをご自由にお使いください。盗難、ケンカ、その他諸々の犯罪につきましては、戸鞠家は一切責任を負いませんのでご了承ください」

「あ、はい。透夜、貴重品あるか?」


 透夜は静かに首を振った。

 まぁまだいいか……。

 名札を覗いてみると、左から『斎藤さいとう』『萩野間はぎのま』『八百原やおはら』『堂野前どうのまえ』と細く丁寧な文字で書かれている。

 例の少女達なんだろう。


「なんか、いきなり女の子達に囲まれるみたいだけど、大丈夫そう?」


 どう声をかけたらいいのか分からず、変な訊き方をしてしまった。

 呆れた睨みと、溜息。


「父さんと一緒にすんなよ」

「ぅおっ」


 一度きりの過ちがえげつないほど重く、顎にパンチをくらった気分だ。

 父親としての威厳も何もあったもんじゃない。


「こちらがリビングになります。しばらくお寛ぎください」


 落ち込んでいる間もリーナさんは静かに案内を続けてくれる。

 海岸がよく見渡せるリビングには既に先客がいた。

 我が物顔でソファを支配し、寝転がる少女。明るい茶髪で前を切りそろえたボブショート。黒縁メガネをかけて、スマホを手にどうやらゲームをしている様子。


「それでは失礼いたします」


 リーナさんはどこかに行ってしまう。

 え、いきなり初対面でこのだらけ具合はなんなんだ。


「こ、こんにちは」


 とりあえず挨拶をしてみる。

 ちらり、と俺を見るが、軽く手を振るだけで喋らない。

 すぐスマホに目線を戻す。

 これが、スタンダードなのか? 戸鞠さんは礼儀正しいのに、事前情報だと同じ学園の生徒だって話だから、そりゃ比較してしまう……。


「ねぇ君、かなえは?」


 透夜は透夜で相手がゲーム中でもお構いなしに訊く。


「まだ」


 口数少ないな、この子。


「あっそ」


 そういえば透夜も口数少ない。


「えーと君、名前は? 俺は五十嵐与志也よしやで、こっちは俺の息子の透夜」


 一応自己紹介はしておかないと、夏休みの間は一緒にいるし、保護者として責務がある。

 少女はだるそうに起き上がって、ソファに座りなおした。


「八百原、未來みらいでーす……戸鞠と同じ学園の生徒で、同じ美術委員会所属、よろ」

「よろしくね八百原さん。あー戸鞠さんと仲良いの?」

「まぁ、委員会同じってだけです。もういいですかー、ガチャ回したいんで」

「え、あぁ」


 ソシャゲに熱心なご様子で、ソファに吸い込まれるように寝転んでしまった――。

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